本研究の目的は、浮世絵に付された填詞(解説文)の調査を通じて、浮世絵をはじめとした絵入本における画と文とが一体化した19世紀のメデイア史研究における研究史の欠陥を指摘し補うことにあった。 我国における近世の印刷物は、西欧の活版印刷文化とは異なり、製版本(木板)による出板が普及したために、絵画と文字とが一体化したテキストとして生産され享受されるようになった。とりわけ19世紀になると出板物の商品価値が増大し、造本にも彩色や意匠が凝らされ、口絵や挿絵なども作者が画稿を描き、画と文とが不可分のメディアとして書物や浮世絵が作られ、享受されるようになった。 ところが、こと浮世絵に関しては、文学研究の側からは戯作者の書いた填詞は非文学的なテキストとして無視され、美術史の側からは画像情報以外の文字情報に全く関心が示されてこなかった。結果的に、浮世絵のデータベースに填詞者の情報が入れられていないことが多く、現在でも填詞者に関する網羅的な検索が出来ない。 この全体像が把握しがたい填詞入りの浮世絵も、製作工程としては草双紙と同様に戯作者の画稿に基づいて浮世絵師が描いたはずで、両者が協働して製作を担ったメディアである。そこで、地本問屋から出板された浮世絵も、絵と文とを渾然一体化して製作された草双紙と同質のメディアとして捉え直す必要がある。 それは、19世紀における大衆メディアのもっていた絵入本であるという意義に対する再検討を要求することにもなるはずである。
|