今年度は、昨年度末よりのCovid-19感染症の影響により、遠方への調査、ことに個人宅への調査を控えざるを得ず、「五軒家」の内、浅野太左衛門家旧蔵資料調査を集中的に行った。京都観世会浅野文庫の資料群については悉皆調査と全点撮影が完了し、2022年3月には、影印、翻刻、解題目録、浅野家系図、論考を収載して和泉書院より浅野太左衛門家基礎資料集成の刊行を予定している。 浅野家の資料については、かつて野々村戒三氏が京都在住時(1908年の京都府立中学校教諭着任から1916年の第三高等学校教授退職まで)に浅野匡宣氏(十二代当主栄明)から借覧し、『能優須知』『福氏門人録』等の資料を紹介翻刻し、その後表章氏によって福王流の『脇所作付』等が紹介翻刻されているが、悉皆調査に基づく基礎資料と全点目録の公刊によって、初めて浅野家の活動の全体像、謡の家が各時代の文化に果たした具体相を明らかにできるであろう。 以下、その一例を示す。同家は井上次郎右衛門家や薗久兵衛家に伝えられている体裁の門人帳を失っており(十世栄輝加筆の所蔵目録には「誓約巻物」一巻の記載がある)、『他郷詛盟順名簿』を知るのみであったが、門人の裾野の拡がりを伺うことのできる資料に『門生録』一冊がある。これは文政三年に「徒歌者流」の「記簿」を集成するために名簿の様式を版行したもので、見返しには「此書は全ら徒歌者流の為にして、其家々の生徒の姓名、はた其人の上に係りたる事蹟どもを記しおきて、後世までも門生の名の空しからざらむことを欲せし事の設なり。はじめに年号次第速知とて記し出たるは、後に其年数を検閲ことあらむに、便よからしめむが為なるなり。世の徒歌者流、必用全務の記簿なり」と刷られ、八代栄足が各地の「徒歌者」の結束を促し、素謡を広めるために作成版行したものと知られる。
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