研究実績の概要 |
本研究は中華民国期の代表的知識人である豊子愷が1961年8月から65年9月まで四年余りの年月をかけて完成させた『源氏物語』の中国語全訳に焦点をあて、その意図的な改訳および要因を明らかにしようとしたものである。豊は浙江省立第一師範学校で李叔同や夏べん尊らに芸術や日本語等を学び、芸術教育に従事した後、1921年には李や夏も留学経験のある日本に約10か月留学した。豊が初めて『源氏物語』にふれたのもこの時期である。帰国後は随筆やイラスト、翻訳など多彩な分野で活躍し、戦後は政府の要請により文化芸術面で要職に就いた。豊が『源氏物語』の全文翻訳に取り組んだのは、中国政府による「世界文学の中国語翻訳」という国家プロジェクトの一環として政府に委嘱されたためである。豊子愷の全訳以降、多くの中国語訳が出現したが、豊訳は現在もなお台湾の林文月訳と並んで中国語訳の代表とされている。豊の翻訳原稿には、豊の訳了後に豊以外の複数の人物が書き込んだメモや修正が見られる。本研究では当初、その原稿の調査および豊子愷の娘で翻訳協力者でもある豊一吟氏へのインタビューを通じて、豊子愷の翻訳が意図的に改訳された可能性について考察する予定であった。しかし、コロナ禍により調査計画の変更を余儀なくされ、研究期間全体を通じて当初予定していたような成果をあげる事ができなかった。今年度の研究成果としては、研究分担者の顧サンサンによる翻訳書『源氏物語的美学世界』(原著:Melissa McCormick, The Tale of Genji : A Visual Companion, Princeton University Press, 2018.11.)が2024年8月に北京市・社会科学文献出版社から出版される予定である。
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