本研究は、ジョン・ディーJohn Dee (1527-1609)が、ジョン・オーブリJohn Aubrey (1626-97)などに代表される17世紀英国のアンティクエリアニズム(antiquarianism)に及ぼした影響を解明することを目的とする。本年度については、オーブリ及び王立協会 (The Royal Society of London for Improving Natural Knowledge)の言語への強い関心を焦点にあてる研究をおこなった。 1660年に設立された王立協会は、西欧近代における自然科学の発展に大きな寄与をなした組織であるが、オーブリも1663年に会員となり活発な活動をおこなった。同協会草創期において重要な課題のひとつとして認識されていたのが、世界を正確に記述でき、かつ、万人が共有できる普遍言語の創出であった。協会初期の中心人物のひとりジョン・ウィルキンズJohn Wilkins(1614-72)は、この問題に早い時期から取り組んでいた。一方、フランシス・ロドウィックFrancis Lodwick(1619-94)もほぼ同時期に普遍言語の案を提唱し、協会の会員となる人々の注目を集めていた。そして、オーブリもまた普遍言語に強い関心を抱き、この問題についての情報を収集、交換、伝播するのに大きな役割を果たした。 普遍言語をめぐる議論でたびたび話題となるのは原言語、始原の言語という概念だが、ディーが天使から開示された、聖なる神の言語、エノク語こそまさにその原言語に他ならない。さらに、普遍言語と暗号は密接な関係を有していたが、ディーは暗号を熱心に研究したばかりか、天使との交信記録には暗号も用いられている。したがって、17世紀においてオーブリがディーを高く評価した理由としては、占星術のみならず普遍言語の観点も存在していた可能性がある。
|