研究課題/領域番号 |
17K02508
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研究機関 | 山梨県立大学 |
研究代表者 |
伊藤 ゆかり 山梨県立大学, 国際政策学部, 准教授 (80223197)
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研究分担者 |
堀 真理子 青山学院大学, 経済学部, 教授 (50190228)
小菅 隼人 慶應義塾大学, 理工学部(日吉), 教授 (40248993)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 英語圏文学 / 英語圏演劇 / 亡霊 / 記憶 / 比較演劇 / 戦争 / 災害 |
研究実績の概要 |
我々は二つの世界大戦の記憶の風化に抗いつつ、内戦やテロリズム、自然災害による大量死の脅威と向かいあっている。大量死は、生命を脅かすだけでなく、個々の記憶が薄れ、犠牲者ひとりひとりの生と死の意味が忘れ去られる危機をもたらす。本研究は、この危機に対抗し、大量死の脅威を記憶にとどめようとする演劇の可能性を追求することを目的とする。キーワードは亡霊である。演劇は、ギリシア悲劇の昔から、亡霊の芸術と言えるほど、死者たちを生者につきまとう亡霊として描くことで、死に意味を与えようと試みてきた。本研究は、亡霊をとおして大量死の犠牲者たちの記憶をあらたにし、さらには大量死をもたらす背景を暴こうとする作品を分析し、演劇の可能性を追求するものである。 本研究グループは、2014年度より3年間にわたり「大量死の記憶と演劇的想像力に関する総合的研究」というテーマで研究を重ねた。その実績を基盤として、2017年度より「大量死の記憶と亡霊の演劇に関する総合的研究」を開始した。以来、メンバーそれぞれが専門とする劇作家の作品分析を進める一方で、グループ全体として研究を進めている。2018年度には、国際演劇学会(IFTR)の年次大会において、パネル発表を行い、大量死を描く演劇を検証することの重要性を示した。つづく2019年度から20年度にかけては英米演劇における亡霊に関する論文集の精読を行い、演劇における亡霊の研究について方向性とその意義を共有した。これらの研究成果を活かして、大量死を描く戯曲の翻訳および論文から成る書籍を準備している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第一の理由として、研究会において、前述した戯曲の翻訳兼論文集の準備を順調に進めたことが挙げられる。研究分担者である堀真理子は、イギリス人劇作家デビー・タッカー・グリーンによる、20世紀に世界各地で起きた虐殺とそれに巻き込まれた個人を描く劇について報告を行った。他方、同じく研究分担者の小菅隼人は、シェイクスピア劇における大衆と権力構造の分析を念頭に、オルテガ・イ・ガゼットの『大衆の反逆』と『個人と社会』およびミシェル・フーコーの『監獄の誕生』を取り上げた。これらの報告について議論を重ねることで、メンバーの研究課題を共有し、論文集において、グループとして大量死の演劇に関する独自の見解を示すことが可能となると考えている。 さらに、個別の研究においても順調に成果を上げている。伊藤ゆかりは、福島第一原子力発電所の歴史を建設前から東日本大震災後までたどる戯曲の分析を行ったことにくわえて、亡霊の演劇について、アメリカの劇作家の例を挙げつつ概観する論考を発表した。堀真理子は、カタストロフィ以降の世界で不安定な存在を生きるベケット劇の登場人物について、エコクリティシズムの観点から分析した。小菅隼人は、コロナ禍における演劇について、演劇プロデューサーおよび舞踏家へのインタビューを通して考察を重ねた。研究協力者の常山菜穂子は、20世紀初頭のハーレム・ルネサンス期における演劇を人種の観点から分析した。同じく研究協力者の穴澤万里子は、メーテルリンクと日本演劇との関係に関して著書および研究発表などをとおして研究を進めた。このようにグループおよび個別の研究実績を上げたことから、おおむね順調に研究が進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度にひきつづき、大量死を描く戯曲に関する研究会を実施しつつ、戯曲の翻訳およびその分析を進めることを研究活動の中心とする。前述したように、堀真理子はタッカーの戯曲、小菅隼人はシェイクスピア劇の翻訳と分析を行う。伊藤ゆかりはアフガニスタンからアメリカに戻った元女性兵士を主人公とした戯曲を取り上げ、戦争体験と兵士を迎える家族という観点で論じる。常山菜穂子は南北戦争に関して同時代に書かれた多くの戯曲から一作を取り上げ、穴澤万里子は第二次世界大戦中のフランスにおけるユダヤ人の子ども達の集団移送を描く戯曲を扱う予定である。出版に向けた検討も本格的に始めたい。 翻訳兼論文集にくわえて、個々の研究も例年通り行うが、いずれにおいても大量死をめぐる世界情勢を常に視野に入れることが必須である。本研究の開始時には、パンデミックによる大量死についてはまったく考えていなかったが、現在コロナ禍とそれが演劇に与えた影響を考慮せずに研究することは難しい。小菅が2021年に行った舞踏家へのインタビューにおいて、東日本大震災とコロナ禍について必ず言及していることからも、明らかである。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻によって、我々ひとりひとりがジェノサイドや戦争犯罪の定義を問われていると同時に、政治と芸術の関係について再考を迫られている。このような状況にあって、単なる現状の後追いに終わることなく、過去の大量死の歴史を俯瞰しつつ、大量死を描く演劇という課題に取り組み、検証を重ねていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウィルス感染拡大の影響で旅費を使用しない状況が続いたことにくわえて、過去に購入した書籍を用いた論文発表ならびに翻訳準備を研究の中心としたため、研究費を使用することがなかった。2022年度は、必要に応じて英文校閲料および資料収集に使用するほか、可能なら学会や資料収集のための旅費にも用いる。
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備考 |
1.伊藤ゆかり、論考「亡霊の演劇と演劇の恐怖」、『早稲田文学』、2021年秋号、310~317 2.小菅隼人、企画と対談、「笠井叡ポスト舞踏公演『使徒ヨハネを踊る』」、慶應義塾大学教養研究センター、同アートセンター主催、2021年 3・穴澤万里子、復刻能『鐵門』上映と講演会、明治学院大学、日仏演劇協会共催、2022年
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