これまでやってきた研究内容をまとめて令和2年度に単著を出したが、この本では自転車旅行者および徒歩旅行者についての考察が十分でなかったため、これについてさらにリサーチ、考察を進めた。主としてフィッツウォター・レイなどの自転車旅行者の持つアンビバレントな態度を分析した。彼らは移動の自由を謳歌するという点で、自動車旅行者と同朋意識をもって鉄道旅行者に対して優越感を抱くが、環境意識という点では自動車旅行者に敵対心を見せる。その一方で、彼らは徒歩旅行者に対して、移動の自由、環境意識の両方の面で劣等感を抱くという複雑な心理を見られる。大戦期にいわゆるロマンティック・ぺデストリアニズムの再評価が生じるが、徒歩旅行者は基本的に鉄道・バスなどの公共交通を使って現地へ赴き、そこから歩くという方法をとる。そのため、ロマンティック・ぺデストリアニズムが、めぐりめぐって、ワーズワスの反対した鉄道の再評価に繋がったという皮肉も明らかになった。このリサーチの結果は日本英文学会全国大会のシンポジウムで「モビリティと環境意識―ワーズワスから自動車・自転車の時代へ」というタイトルで発表した。また、シンポジウム全体のテーマは「モビリティの詩学―交通手段の拡大と変容する空間意識」というものであり、当科研課題で追求してきたテーマを、他の登壇者とともに18世紀の徒歩旅行から19世紀の鉄道時代を経て、20世紀の自動車・自転車旅行の時代まで、また地域的にもロンドン近郊からグラスゴーやオークニーまで視野に入れて多角的に見直すことができ、3回の研究会と学会当日のフロアとのやり取りなどを通して、意義ある意見交換を行うことができた。
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