研究課題/領域番号 |
17K02510
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
大田垣 裕子 兵庫県立大学, 看護学部, 教授 (20290330)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 環境美学 / 階級差 / イギリス・ロマン派 / 明治・大正作家 / 歩行文学 |
研究実績の概要 |
本研究の目的はロマン主義運動が顕著であったイギリスとその運動を受け継いだ日本における歩行文学をこれまで看過されてきた農民や職人たちの環境美意識にも焦点をあて、その言説を調査・比較することで、ロマン派的環境美学の継承とその独自性を追究することである。初年度にあたる平成29年度は、イギリス・ロマン主義時代の歩行文学の代表であるワーズワスと日本・大正時代の宮沢賢治の主としてパストラル作品を比較し、作中に表されている環境感受性や社会批判、聴覚イメージにより引き起こされる身体感覚と歩行運動のリズムとの関連性を考察し、‘Wordsworth and Kenji Miyazawa: Pastoral Walks’という題で 第46回ワーズワス国際学会のパネルで発表した。 農民・職人詩人ロバート・ブルームフィールドについて彼の作品、‘Farmer’s Boy’(1800)および‘Shooter’s Hill’(1806)の舞台となったサフォーク州セット・フォードとグリニッジ・ロンドン特別区で実地調査を行い、作中で描出されている景観の確認と作品解釈の鍵となる地誌的情報等を入手した。 また、第175回関西コールリッジ研究会での『ミルクメイドの歌声―クラス、ジェンダー、ナショナリティーから聴く』の発表ではアン・ヤーズリーとジャネット・リトルという、2重、3重に抑圧されていたイギリスとスコットランドの2人のミルクメイドの手になる作品についてクラス、ジェンダー、ナショナリティーの観点から環境への感受性を様々に検分することで、世界が提示する多様性に統一を与えられない、あるいはあえて統一を与えないという彼女たちのスタンスがいかに、第二次世界大戦後格差が拡大しつつある世界において求められる環境美学のダイナミズムを考察する契機となりうるかを論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、異なる社会階層・地域出身の作家の手になる主として歩行文学に描出される環境への美意識「環境美学」を吟味し、階層・地域による言説上の相違を考証することをめざし、初年度はワーズワス、ブルームフィールド、ヤーズリー、リトル、賢治を取り上げ、それぞれの環境美学を比較検討し、その成果の一部を国内外の学会等で発表し意見交換を行うことができた。概ね、当初予定した研究計画に沿って研究を進めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度から平成31年度前半にかけては、明治・大正日本の歩行文学について、特にその作品の中で歩行を大きく取り上げた独歩、漱石、藤村、賢治に焦点をあて関連の資料の収集・精査を進める。さらに上で挙げた日本の歩行文学に縁の深い作家たちのうち、独歩、賢治の足跡をたどりつつ、該当地域の歴史、文化、地勢、景観等についての実地調査を行う。 またブルームフィールドのThe Banks of Wye(1811)については、中流階層出身のワーズワス、カーク・ホワイトの景観詩と突き合わせ、ピクチャレスク美学の伝統の継承と独自性について考証する。土地の農民の姿、古城をめぐる迷信、川面に映る麦畑、Pen-y-Valeからの眺望と下山等の伝統の枠を超える描写について、時代の文脈を追ってその革新性を探り、研究成果を第47回ワーズワス国際学会で発表する予定である。 ロビン・ジャービスは徒歩旅行と余暇活動としての歩行が普及した1790年代に焦点をあてて当時の徒歩旅行者たちの精神性を分析し、その動機を4つに分類している。1つ目は革新的な徒歩旅行者である。2つ目は先述の革新的な歩行が始まる前に、出現していた学術的徒歩旅行者である。3つ目はピクチャレスク趣味の徒歩旅行者、4つ目は賭けの対象となる徒歩競走者である。2つ目の学術的徒歩旅行者がもたらした科学的成果と歩行文学作品の関係も見逃すことができない。ギルバート・ホワイトのThe Natural History of Selborne(1789)はRichard Mabeyによればこれまでに英語で書かれた本で4番目に出版部数が多いという。彼の著作に表された環境思想がいかにロマン主義時代の詩人たちに影響を与えたかを論じる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該研究が対象としている作品の舞台となる地域の歴史、文化、地勢、景観等についての現地調査実施のための費用が必要なため。ブルームフィールドのThe Banks of Wye(1811)(イギリス・ウェールズ)、ギルバート・ホワイトのThe Natural History of Selborne(1789)(イギリス・ハンプシャー州)、宮沢賢治の歩行文学(1924他)(岩手県)、国木田独歩の『武蔵野』(1901)(東京都)等の舞台を訪れる予定である。 また、ブルームフィールドのThe Banks of Wyeについては、その研究の成果を第47回ワーズワス国際学会において‘The Four Songs in Robert Bloomfield’s The Banks of Wye: ‘Truth and Tradition’s Mingled Strains’という題で発表する予定(平成30年8月)であり、学会参加のための諸費用が必要なため。
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備考 |
書評:レベッカ・ソルニット『ウォークス―歩くことの精神史』東辻賢治郎訳 左右社『図書新聞』(2018年1月13日、3334号)
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