本研究の目的はロマン主義運動が顕著であったイギリスとその運動を受け継いだ日本における歩行文学をこれまで看過されてきた農民や職人たちの環境美意識にも焦点をあて、その言説を調査・比較することで、ロマン派的環境美学の継承とその独自性を追究することである。 最終年度にあたる令和元年は、イギリス・ロマン派詩人で中産階層のウィリアム・ワーズワスと同時代の農民詩人のアン・ヤーズリーの歩行詩において、牧歌の特質と歩行がもたらす文学的創造性について吟味するとともに、詩中に読み取れる近代化・資本主義批判について検討し、“The Romantic Pastoral: Shepherd and Milkwoman Walks” という題で第48回ワーズワス国際学会において発表を行った。また、関西コールリッジ研究会第183回例会では「クリフトンの歩行詩再考―アン・ヤーズリーとカーク・ホワイト―」という題で、ヤーズリーと年少詩人カーク・ホワイトの歩行詩に登場するミルクメイドの描かれ方や、詩人たちそれぞれが生まれ育った土地の動植物や風景に対する姿勢、ピクチャレスク美学との関連、そして詩人たちの上昇志向・社会批判を突き合わせて比較することにより、 詩人たちの自然に対する相矛盾した姿勢を指摘した。 今年度は昨年度に引き続き明治・大正日本の歩行文学について、特にその作品の中で歩行を大きく取り上げた独歩、漱石、藤村、賢治に焦点をあて関連の資料の収集・精査を進めた。さらに上述の作家のうち特に独歩の足跡をたどりつつ、『武蔵野』の舞台となった該当地域の歴史、文化、地勢、景観等についての実地調査を行った。 以上の通り、これまでの環境批評では取り上げられなかった環境美学的ダイナミズムを地理的、社会的、文化的文脈から考究した。
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