本年度は課題研究の最終年度にあたるため、次年度からの研究課題を視野に入れつつ、これまでの研究の総括を行った。業績としては、ディケンズの『骨董屋』における公教育の批判と、それに代わる作家の役割を検証した「学校と墓地――『ニコラス・ニクルビー』と『骨董屋』における共感の教育(2)」(『コミュニカーレ』第11号pp.3-24)がある。この論文では、まず犠牲者としての子ども像に着目し、ネルを通してディケンズがいかに社会的弱者への共感を誘ったかを分析した。次に公教育に対するディケンズの態度を、村の学校の表象を分析することによって解明した。続いて、ネルによる共感の教育を分析し、公教育とは異なる小説の教育的役割について考察した。令和元年度に発表した『ニコラス・ニクルビー』論と併せて、ディケンズが公教育への批判を通じて作家としての地位を築いていったプロセスを解明することができた。 また、論文として発表するには至っていないが、エリザベス・ギャスケルに関しては共感の教育に対する女性作家としてのアンビバレントな姿勢について、当時のジェンダー・イデオロギーのコンテクストの中で分析を行った。共感する能力が女性的だとされた時代にあって、共感は女性に対してさらなる自己滅却を要求するという危険性も孕んでいた。それゆえに彼女の描く共感の教育には、ディケンズには見られない懐疑的姿勢やアイロニーも見られる。さらに、ギャスケルとも交流があったフローレンズ・ナイチンゲールに関する文献にもあたった。本研究とは直接の関わりはないが、その成果の一端は、日本看護協会出版会編纂のシリーズ「ナイチンゲールの越境」6『ナイチンゲールはなぜ戦地クリミアに赴いたのか』の第1章「クリミア戦争とはどのような戦争だったのか」に発表した。
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