最終年度は、キリスト教思想の重要な概念のひとつである“grace"(恩寵)について特徴を調査した。そして、この“grace”に対するSt. AugustineやThomas Aquinas等の思想について貴重な知見を得ることができた。また、夢幻視物語の特徴を見るために400年頃のローマの著述家Macrobius の夢理論と黙示文書の夢や幻視の特徴について論説を作成した。更に、Karma Lochrie著Nowhere in the Middle Ages (2016)の書評論文を日本中世英語英文学会に投稿し、学会誌へ「掲載可」という審査結果をいただいた。本著は、本研究の研究対象としている「マンデヴィル旅行記」、更に上述したMacrobiusの夢理論にも言及しており、たいへん有益な情報源となった。 研究期間全体を通じて実施した研究の成果について述べると、平成29年度は、大英図書館に赴いて「タンダールの幻視物語」および「マンデヴィル旅行記」の中世写本を調査し、ヘレフォード大聖堂では、13世紀後半に作成された世界地図について調査した。研究成果として「タンダールの幻視物語」と「マンデヴィル旅行記」の楽園に対する意識について論文を作成し、学術雑誌に掲載された。考察の結果として明らかとなったのは、楽園に到達するには神の恩寵(grace)が必要不可欠であることである。平成30年度は、上述した世界地図と「マンデヴィル旅行記」を比較しながら、地図におけるパラダイスの意識について口頭発表を行った。比較研究でわかった点は、聖書の創世記に記されたエデンの園から流れ出る4つの川がアジア全域と深く関わっていることである。また、「タンダールの幻視物語」とダンテの「神曲」の地上の楽園の泉について論説を作成し、中世の西欧社会の根幹に聖書思想がいかに深く影響を与えているかを再認識することができた。
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