研究課題/領域番号 |
17K02539
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
鈴木 聡 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 教授 (80154516)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 物語理論 / 批評理論 / 想像力 / 多様性 / 間テクスト性 |
研究実績の概要 |
本研究においては、これまで主に20世紀に書かれた虚構テクストを研究対象とし、物語言説がどのようにして構築されるかに関する理論的知見に達することを目的としてきた。そこで両立を目差されたのは、文学研究、文学批評の基盤であり、人文科学の根源とも称すべき精読の方法に立ち返ることと、そこに附随せざるを得ない限界を乗り越えて、新たな展開への突破を図ろうとしたポスト構造主義、脱構築主義以降の理論的成果をも視野に入れつつ、文学的テクストと、同時期における科学的、批評的言説は別次元に位置づけられるべきものではないという明白な事実を改めて浮上させ、批評史全般に及ぶパースペクティヴを得ることである。その過程で、方法論上、狭義のナラトロジーを踏まえるだけでなく、民話を構造分析の対象としたヴラジーミル・プロップやマックス・リュティの古典的研究から得られる知見をも取り入れた、柔軟かつ多面的な理論の可能性を模索すべきだということが明らかとなった。 上記のような方針に則して、研究代表者(鈴木聡)が単独で遂行する計画であることから、研究代表者のもとに基礎資料をなるべく網羅的かつ継続的に蒐集するとともに、それらの資料の蓄積に基づき、またそれらを詳細かつ入念に読解する日常的な努力を通じて、着実に研究を進捗させ、各段階で 論文を執筆し発表することに重点を置いた。具体的にいえば、令和元年度においては「記憶と直観──ヴラジーミル・ナボコフの『ドン・キホーテ』論」と「探求と孤独──ヴラジーミル・ナボコフの「ランス」」という二篇の論文を発表した。前者においては、ナボコフがコーネル大学において一連の講義を行なったのと同時期にハーヴァード大学で、セルバンテスの長篇小説『ドン・キホーテ』を取りあげた講義に主眼を置き、後者においては、ナボコフの短篇小説としては最後の一篇にあたる、極めて斬新な内容を有する作品について論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの研究において、ナボコフがコーネル大学において行なった講義中で取り扱われた七作品(ジェイン・オースティン『マンスフィールド・パーク』、チャールズ・ディケンズ『荒涼館』、ギュスターヴ・フローベール『ボヴァリー夫人』、ロバート・ルイス・スティーヴンソン『ジーキル博士とハイド氏の奇妙な事件』、マルセル・プルースト『スワン家のほうへ』、フランツ・カフカ『変身』、ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』)すべてについて論じてきた実績に基づき、研究代表者(鈴木聡)は、令和元年度に「記憶と直観──ヴラジーミル・ナボコフの『ドン・キホーテ』論」と題する論文を執筆した。これによって、19世紀から20世紀にかけての西ヨーロッパの虚構テクストの展開に関してナボコフが呈示する概観と対比しつつ、長篇小説の歴史の出発点に位置づけられる『ドン・キホーテ』のテクストとしての特性と、後年の研究者たちによる読解に生じている歪みのよってきたる所以をさらにいっそう明確化することが可能となったと思われる。 研究代表者が令和元年度に発表したもう一篇の論文、「探求と孤独──ヴラジーミル・ナボコフの「ランス」」において取りあげたナボコフの短篇小説「ランス」(1951年執筆、1952年発表)は、ナボコフが、過去、現在、未来という異なる次元に属す言説を共存させつつ、普遍的主題を追求しようとした作品である。主眼となるのは、人間の肉体的、精神的活動の可能性だといえよう。この作品において作者は、ケンブリッジ大学在学中に研究対象としたクレティアン・ド・トロワやサー・トマス・マロリーに代表される中世の騎士道ロマンス、現代における登山、未来における惑星間探査という三つの題材を取りあげた。文字通り短篇小説作家としてのナボコフの集大成とも呼べるこの作品を論じることにより、その全体像に接近するための着実な一歩となすことができたと確信する。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度にもこれまでと同様、二篇の論文を執筆することを目差す。本研究の主たる目的に照らし、虚構テクスト全般に関する系譜学的考察をさらに網羅化し、充実させることが不可欠であると考えられるが、過去数年に亘り取り組んできた、コーネル大学ならびにハーヴァード大学におけるヴラジーミル・ナボコフの講義内容の検討と、取りあげられた各作品の精密な再解釈を基盤として、通史的、鳥瞰的ヴィジョンの構築に繋げてゆく見通しが得られたものと考えられる。令和2年度前半にはまず、ナボコフ以外のテクストにも眼を向け、いわゆるアダプテーション・スタディーズの視座と方法を導入する可能性をも念頭に置きながら、テクストの受容と変容という問題に取り組むこととしたい。 上述した研究と並行して、注目すべき内容を有しながら、未だ批評対象として十分に読解されるに到っていない諸作品も考究に含めることとする。それらの作品もまた、想像力理論、物語理論の全体的構想にかかわる示唆を含むことは疑いなく、20世紀以降の虚構テクストが同時代の批評理論の動向と決して無縁なものではないことを窺わせる重要な手掛かりとなることが期待される。それらの作品に関する研究書、研究論文の類はいうに及ばず、同時代の言説の全体構造を鮮明化させることが枢要となることから、多少なりとも関連性のある伝記、書簡、日記などの基礎的資料を含め、文献を網羅的かつ系統的に入手する計画を立案しなければならない。専門分野以外の知見を積極的に取り入れる必要が生じることから、研究目的達成のために有益と考えられる日本ナボコフ協会の全国大会、研究会のほか、日本英文学会ならびに同学会関東支部会その他の学会にも出席する。比較的年代の古い文献、稀覯書などについて、他機関所蔵の資料を閲覧、複写する場合があるが、複写にあたっては、著作権に十分配慮し、流出することがないよう最大限注意する。
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