研究実績の概要 本研究が目差してきたのは、文学研究、文学批評の基盤とも、人文科学の根源とも称すべき精読の方法に立ち返ることと、そこに附随せざるを得ない限界を乗り越えて、新たな展開への突破を図ろうとしたポスト構造主義、脱構築主義以降の理論的成果にも十分配慮しつつ、文学的テクストと、同時期における科学的、批評的言説は別次元に位置づけられるべきものではないという明白な事実を改めて銘記し、批評史全般に及ぶ展望に到達することであった。その過程において、狭義のナラトロジーを踏まえた物語の様態の解明のみならず、民話を構造分析の対象としたヴラジーミル・プロップやマックス・リュティの古典的研究から得られる類型学的知見、ミハイール・バフチンの提起したジャンル論的・文学史的洞察をも取り入れた、多様性と柔軟性を兼ね備えて理論の可能性を模索すべきだということが次第に明らかとなりつつある。 そのような観点に立ち、また物語言説がどのようにして構築されるかに関する理論的知見に達するという当初の目的を鑑みるとき、主に20世紀に書かれた虚構テクストを研究対象としてきた本研究には、ヴラジーミル・ナボコフがコーネル大学並びにハーヴァード大学において行なった講義を手掛かりとして、そこで取りあげられた『ドン・キホーテ』から『ユリシーズ』に到る西洋文学の金字塔的作品をも視野に収める必要が生じた。 研究代表者(鈴木聡)単独の研究であるために限界は予想し得るものの、今年度は、比較文学的な議論の広がりを念頭に置き、「明治期歌舞伎脚本における英文学作品の受容──エドワード・ブルワー=リットンと河竹默阿彌」と題する論攷を発表した。また、これまで蓄積してきたナボコフ論の延長上で彼の複数の短篇小説に関して、特に20世紀の歴史との関わりを主眼に据えて「残酷と非関与 ──ヴラジーミル・ナボコフの短篇小説の場合」という論攷も執筆した。
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