研究課題/領域番号 |
17K02544
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研究機関 | 京都工芸繊維大学 |
研究代表者 |
竹井 智子 京都工芸繊維大学, 基盤科学系, 准教授 (50340899)
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研究分担者 |
グローテ ジョアナ 京都産業大学, 外国語学部, 講師 (60633295)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ヘンリー・ジェイムズ / 中間的帰属意識 / コスモポリタニズム / 身体性 |
研究実績の概要 |
初年度は主に以下の4点について研究を進めた。 ①ヘンリー・ジェイムズの晩年期の作品における中間的アイデンティティと身体的表象の関係性について:伝記的事実や自伝の記述を勘案しつつ短編小説集『ファイナー・グレイン』所収の4作品について分析を行った。そのうち、「一巡り」(1908)については研究発表を行い、中間的な帰属に関わる作家の不安感が、当該テクストの登場人物の身体の痛みの表象に投影されていること、および、それが作家が自分のアイデンティティを捕捉する上で抽象的な概念ではなく具体的な経験を必要としたことと関係していることを指摘した。 ②晩年期の文体的特徴の検証:作家の晩年期の特徴を確認するために、金銭の描かれ方を軸に各時期のテクスト比較を行った。金銭の持つハードとしての特徴の描かれ方と認識における身体性が関係している可能性を検討した。作家にとっての財政状況といった伝記的背景と併せて研究発表を行った。 ③現代TCKs(人格形成期を母国とは異なる地で過ごした人)作家の特徴の検証:研究分担者がピコ・アイヤーをはじめとする現代TCKs作家らのテクストと先行研究を収集した。検討会において、彼らに共通する特徴として、観察対象に対する“detachedness”及びそれゆえの異文化への寛容性が挙げられることを確認し、ジェイムズ作品にみられる特徴との比較を行った。 ④テクストの電子処理:精確な電子テクストの作成に注力した。勉強会を開いて利用可能な言語処理プログラムについての検討を行った。また、晩年期の文体の特徴を抽出するために、1890年代末から1900年にかけて執筆されたジェイムズの中編小説4作品を中心に、初版と後期における改訂版のテクストの変更点を一覧に表示したデータの作成を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画のうち、ヘンリー・ジェイムズの晩年作品における中間的アイデンティティと身体表象の関係性については、予定通り研究分析を推進している。 現代TCKs作家の特徴とジェイムズ作品の特徴の比較については、対象作家や関連資料が少ないため、これ以上の成果を得ることが難しいと思われる段階に来ているように感じられる。しかし、調査過程において、TCKs作家らの周縁的なアイデンティティが、研究分担者が研究対象とするLGBTQIA+の人々の周縁的なアイデンティティに通底することを見いだした。このことは、当該研究が扱うヘンリー・ジェイムズの、セクシュアル・アイデンティティの問題にも繋がることから、当研究の今後のさらなる発展の糸口を見いだすことにもなった。この点では、当初計画以上の示唆を得ることができたと言える。 一方、ジェイムズの後期の文体の特徴を抽出するために利用を検討していたテクストの計量分析については、精確な電子テクスト作りに多大な時間がかっており、処理手法については、未だSpaCyなど利用できる言語処理プログラムの検討を行っている最中である。しかし、同時に、計量分析の手法でテクストを十分に解析できない場合に備えて、ジェイムズ作品の初版テクストと改訂版テクストの比較表の作成も進めている。 以上、予定よりもはかどっていない部分(テクストの計量処理方法の検討)もあるが、LGBTQIA+研究との親和性の発見や初版テクストと改訂版テクストの比較表の作成など、予定していた以上の成果もあると考えられるため、概ね良好と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
ヘンリー・ジェイムズの晩年期の作品における中間的アイデンティティと身体的表象の関係性の研究については、『ファイナー・グレイン』所収作および遺作『過去の感覚』の精査を続け、成果を学会発表・論文にて公表する。 テクストの計量分析については、初年度に着手した、1890年代末から1900年に執筆されたジェイムズ作品の初版テクストと改訂版テクストとの比較表を完成させ、可能な限り公開する。同時に、言語処理プログラムを用いた分析手法の検討を、自然言語処理の専門家に指示を仰いで進める。また、これらを元に、中期と晩年期における文体の違いについて、特に身体的表象に関する特徴を検証する。 現代問題との連携の模索については、TCKsやLGBTQIA+など、現代社会における中間的アイデンティティの問題の調査を研究分担者が中心に行い、勉強会においてジェイムズ研究への連携の可能性を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
現代TCKs作家(人格形成期を母国とは異なる地で過ごした作家)の著書やそれについての先行論文数が当初の想定よりも少なく、また参加することのできる関連学会がなかったため、予定していた金額を使用することができなかった。そのことが判明した初年度途中より、LGBTQIA+など現代人の中間的アイデンティティの問題へと研究対象を広げ得る可能性についての検討を始めており、次年度に、関連書類の収集や当事者アンケート調査などを進めるために、繰り越した助成金を充てる予定である。
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