本研究では、トリニダード、イギリス、アメリカの3地域でC. L. R. ジェームズが残した、身体に関する考察の変容と地理的移動との相関関係について分析した。研究計画に従い、2018年度にはイギリスにおけるジェームズのクリケット論を中心に彼の身体文化へのアプローチを分析し、2019年度にはトリニダード時代におけるジェームズのスポーツと身体に関する視点についてひとつの結論を導きだし、さらに2020年度にはアメリカにおけるジェームズの身体論を中心に分析し、それぞれ論文発表と学会発表をおこなった。 地理的移動による相違については、アメリカ時代のジェームズが、イギリス時代とは異なり、クリケットのようなスポーツを対象に身体を論じることがなくなった点を指摘し、イギリス時代と異なるジェームズによる身体論の傾向について、身体の人種化への抵抗とポピュラーカルチャーにおける身体性という2点から検証した。 2021年度は、北アメリカのアフリカ系アメリカ人作家たちによるスポーツに関する記述との比較考察をおこない、同じマルクス主義的立場をとる同時代のアフリカ系アメリカ人作家が社会的布置の問題として身体性を低く評価したのに対し、ジェームズは情動論的側面から身体性を高く評価していたことを立証し、その論文を所収した共著論集を出版した。 2022年度には、ポストコロニアリズムにおいてジェームズと立場の異なるカリブ詩人デレク・ウォルコットによるトリニダード論を考慮に入れ、地理的移動だけでなく、脱植民地時代という時代性がジェームズの身体文化論に及ぼした影響について分析をおこない、査読付論文を発表した。 2023年度には、地理的移動による影響と時代性による影響を分類し、現代の情動論や身体論の萌芽となる視点をジェームズの論が最終的に胚胎するに至った理由と経緯をまとめ、最終成果として国際学会で発表をおこなった。
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