19世紀末から20世紀初頭のアイルランドは文芸ルネサンス期を迎え、世界文学として高く評価される数多くの作品と作家が誕生した。その社会的影響力や作品の高い芸術性を考えると、ルネサンス(文芸復興)運動を有効な文芸活動に整えた中心人物が、ひとりのアングロアイリッシュの貴婦人グレゴリ夫人であった。彼女の周辺に詩人、小説家、劇作家、さらに政治家や学者らが集い、アイルランドの精神的独立の実現を目指した。 本研究においては、グレゴリ夫人の実際に行った活動が、実は英国18世紀から伝統的に行われたきた「サロン」活動の延長線上にあると考える。英国のサロン活動が、当時のジャーナリズムの勃興や啓蒙主義と相俟ってサロン文化を醸造し、女性執筆者の誕生を促し英国の豊かな文芸を生み出す基盤になった。ウィンチルシー伯爵夫人アン・フィンチ、モンタギュ夫人らが活躍する。一方、アイルランドにおける同時期には、英国サロン文化に相当し特筆するものは見当たらない。約1世紀を経てようやくグレゴリ夫人の活躍が世に知られるようになる。いわば、遅れてきたサロン文化とも言えるグレゴリ夫人の文芸活動の特質を明らかにし、「サロン」の閉じられた集まりが、新しい文化を誕生させる揺籃となったことを英国サロン文化と比較しながら、文化史的視点からその成長と結実を明らかにする。さらに、具体的な作品研究から、アイルランドの独立問題と隣り合わせに展開する「新しい」文化創造の文化的特質を明らかにする。 「サロン」がHigh cultureを対象とした、一時的な趣味嗜好の強い社会的に閉じられた「場」ではなく、現代のサブカルチャーの誕生をも予感させる、社会的な大きなミッションを内部に抱えた「場」であったことを示す。また、社会の表舞台に立ちにくい才能が、発見され成長し、その結実を公けにするメディアの役割を果たしていたことも併せて示す。
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