研究課題/領域番号 |
17K02554
|
研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
佐藤 亨 青山学院大学, 経営学部, 教授 (40245337)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | ポスト紛争 / ポストブレグジット / 宗派対立 / 南北統一 / アイデンティティ / 詩的想像力 / ミューラル / グラフィティ |
研究実績の概要 |
本年度は著書1点、論文1点、アイルランドの社会・文化・歴史に関する記事1点、書評1点、研究発表1点が実績である。 まず著書であるが、これは写真集で、これまで出版してきた北アイルランド写文集(現地調査で撮影した写真と文章から成る)の3冊、『北アイルランドとミューラル』(水声社、2011年、132ページ)、『北アイルランドのインターフェイス』(水声社、2014年、140ページ)、『北アイルランドを目撃する』(水声社、2021年、188ページ)とはスタイルこそ違うが、それに次ぐものとして位置づけられる。本書は3部構成で、そのうち1部にこれまで現地調査で撮影してきた北アイルランドの壁絵、48点を掲載した。 論文は直接、北アイルランドとは関係ないが、北アイルランドの入植者であるプロテスタントとの比較という動機から、昨年以来、書き続けている、日本の植民地、とくに満洲へ渡って引き揚げた日本人の体験を、小説家で詩人の三木卓の作品からアプローチしたものである。なお、本論を敷衍して、研究発表を行った(大阪大学大学院比較文学研究室主催のシンポジウム「故郷と異郷を巡る比較文学」)。 記事「アイルランドの光と影」は、一般読者向けにアイルランドの風土、文化、歴史を、現地で撮影した写真を用いて解説したものであるが、紹介記事にありがちな「光」の部分ばかりを扱うのではなく、北アイルランドの問題という「影」の部分をも扱い、国土の分断、宗派対立、また、ブレグジッド(英国のEU離脱)により変化しつつある住民の帰属意識をも視野に入れた。 書評はエリザベス・ボウエンというアングロ・アイリッシュの作家の論文集についてのもので、以前、共訳、出版したシェイマス・ディーン著『アイルランド文学小史』を引き合いに出しつつ、ボウエン文学の特質、アイルランドの文学の特徴を問題にした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年は『北アイルランドを目撃する』(2021年1月、水声社)に続き、『アウラ草紙』(2022年3月、七月堂)を出版した。本書はこれまでのような写文集(現地調査で撮影した写真と文章から成る)ではなく、写真のみのものであるが、それだけに写真(特にミューラル(壁絵)を厳選した)に語らせる形で、分断社会である当地の現状や宗派対立などを前景化した。 平成20年度以来、科研を通して継続している北アイルランド研究、「北アイルランドの詩的想像力――紛争地域における文化・歴史・社会の研究」(平成20年~24年度)、「北アイルランド紛争の現在と詩的想像力の諸相」(平成26年~28年度)、「ポスト紛争とブレグジットの時代における北アイルランドの詩的想像力の諸相」(平成29年~令和3年度)の三つ目の研究課題の終わりに、これまでの現地調査を通して撮影してきたミューラルから当地の特徴を伝えるインパクトある写真を用いて書物を出版できたことはよかった。 ただし、新型コロナウイルスの感染拡大のため、最終年度である令和3年度は北アイルランド現地調査ができなかったことが悔やまれる。
|
今後の研究の推進方策 |
1998年のベルファスト合意、そして、2020年の英国のEU離脱(ブレグジット)。いま、北アイルランドはポスト紛争に加え、ポスト・ブレグジットの時代に入った。和平プロセスがもたらしたテロなき日常。一方で進む住民の宗派別分断。また、ブレグジットに伴い再浮上してきたアイルランド島の500キロに及ぶ国境問題。そして、現実味を帯びてきたアイルランドの南北統一。この動きにはスコットランドで再燃する英国からの独立運動が加勢する。 以上、民族、帰属意識、宗派などの諸要素が対立する北アイルランドは新たな局面に入った。本研究課題は令和4年から8年までの研究課題「ポスト紛争とポスト・ブレグジットの時代における北アイルランドの想像力の展開」に引き継がれる。今後とも、北アイルランドにおける文化の営みを、当地の社会と歴史の分析を踏まえ、詩、ミューラル(壁絵)、グラフィティ(街中に書かれた政治的文言)など想像力の展開を通して考察する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの感染拡大のため、予定していた現地調査(海外出張)ができなかった。今後の感染状況次第ではあるが、できれば、現地調査を行いたい。
|