研究計画の7年目である令和5年度は、調査・収集を行うと共に、その成果をまとめる予定であった。より具体的には、北部(マサチューセツ)と南部の人種分離が決定的に違うのは、奴隷制と人種分離の間に連続性を認めるか否かという点にあるという主題を検証することを目的とした。このため、マサチューセツの鉄道での人種分離の是非を巡る議論におけるレイシズムとその批判を1880年代のテネシー州の人種分離法及び1896年のプレシー判決の背後にあるそれらとを比較することを予定していた。 しかしながら、合衆国における人種分離の歴史を扱うこれまでの研究で、それが既に廃止された過去の制度・慣習として存在するだけではなく、現在の人種関係に大きな影響を及ぼしているという視点を取り込み、より大きな視座に立つ必要性が明らかになった。このため、言わば既に過去の遺物である鉄道の人種分離のような制度・慣習だけではなく、今日の問題との連続性が比較的分かりやすい住居・居住地の人種分離に焦点を当てることとした。 白人が住む地域から黒人を排除するといった居住地の人種分離は鉄道や学校におけるそれと違って、差別であることがあからさまではなかった。というのも多くの場合は、人種の均質性を保つことは、黒人が隣人であることに嫌悪感を覚えるといった明示的な差別感情や偏見に基づくものではなく、居住地や住居の不動産価値を維持するために必要である、という市場経済の論理・財産権の不可侵性によって正当化されてきたからだ。言わば財産権の陰で人種分離が合法化されてきたと言えるだろう。今日まで続く黒人貧困層の密集化 (concentrated poverty) の根底にはこのような考えがある。そしてそれは、結局のところ、合衆国における財産権の不可侵性が人種分離(人権侵害)の是正を阻止していること物語っている。
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