前年度に引き続きアフリカ艦隊のペリーの旗艦船サラトガ号に同行したブリッジの『アフリカ巡航日誌』(ホーソーン編纂)の翻訳研究会を行った。今年度の研究会は中央大学の高尾直知氏にも加わって頂き、東京海洋大学の大野美砂氏とともにオンラインで開催した。また翻訳の解題執筆のための資料の読み込みなども並行して行った。これまで翻訳研究では、西欧列強が植民地獲得の覇を競う19世紀中葉の西アフリカ沿岸のアメリカ艦隊、アフリカ入植者、現地人、諸外国の軍艦、商船、奴隷船の複層的な関係性とその文学的表象を検討してきたが、今年度は高尾氏の知見を得ることで、翻訳の精度をさらに高め、奴隷貿易に関わるアフリカ沿岸の地政学的解釈、間テクスト性などの文学的解釈を深め、注釈の充実を図ることができた。 本研究では日米交流に影響を与えた19世紀アメリカ言説を読みとく視点として、海洋国家として発展するアメリカの海軍と作家の関係性を考察してきたが、その成果発表のひとつとして2018年に、論集『海洋国家アメリカの文学的想像力-海軍言説とアンテベラムの作家たち―』(筆者編著)を出版した。ここでは19世紀中葉の海洋の秩序化を図る海軍言説をテーマとし、筆者収録論文では『アフリカ巡航日誌』を取り上げ、ホーソーンの海軍との関係、ペリーの文学的素養に注目して両者の接点を探った。しかし『アフリカ巡航日誌』には西アフリカ沿岸での奴隷貿易、熱病対策、現地人との談判などの様子も頻繁に描かれ、有色人種への偏見や現地人との交渉術、ヨーロッパの国とは一線を画するアメリカの自意識が海軍士官ブリッジの目と、ホーソーンの筆致を通して描かれる。日本でほとんど知られていない『アフリカ巡航日誌』の翻訳の出版は、約10年後のペリーの日本遠征時にも存在していたであろう、日米交流に影響を与えたアメリカの思想、海軍言説を読み取るさらなる手掛かりを提供すると言える。
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