今回の科学研究費での研究課題「現代社会における老いージョン・アップダイクと「老い」の表象」については、2021年9月発行の関西外国語大学研究論集第114号に掲載された論文「死を目前にした作家の心象風景ージョン・アップダイクのEndpointー」をもって締めくくることができた。この論文はジョン・アップダイクの最後の作品となった詩"Endpoint"を創作過程における作家の病状と重ねて分析することにより、死を目前にした作家の心象風景を明らかにしたものである。アップダイクは若い頃より苛まれてきた死の恐怖を芸術と宗教に慰めを得ながら自己の存在意義を確立することで緩和してきた。特に自分の遺伝子が子や孫に受け継がれ自分が生命のリンクとして自然の営みに関わっているという認識は死の恐怖の緩和において重要であった。余命を宣告された後も彼は「苦痛を蜜に変える」創作活動に頼りながら死と向き合い、時には不安や動揺も表すが、最後には晩年に完成させていた、神の創造物であるこの世のすべてを受容するという世界観に従い、生も死も良きものとして受け容れる。 キリスト教徒のアメリカ人で、死ぬ直前まで創作活動をつづけたアップダイクの生き方は必ずしも私たち一般の日本人が真似できるものではないが、同じ高齢化社会に生きる者として、彼が数々の作品で示してきた「老い」や「死」に向き合う態度は私たちにも大いに参考になるものである。 なお2021年10月に延期されたジョン・アップダイク学会の国際会議は予定通りペンシルベニア州レディングにて開催されたが、コロナ禍の渡航制限等で参加は叶わなかった。予定していた発表原稿は時機を見て論文にして学会誌に投稿するつもりである。
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