2019年度の大きな仕事は、国際アイルランド文学協会がアイルランド共和国トリニティ・カレッジ(ダブリン大学)で開いた年次大会において、研究協力者平繁、小野瀬両氏と共にA Spatial Approach to Irish Literary Studiesというパネルを組み、歴史的・物語的記述を脱して、drawing-roomもしくはそこで行われる文化活動に空間的、共時的に迫るアイデアを披露しえたことである。私はアイルランド文芸復興の中心人物をめぐり"W.B. Yeats's Poetics and Drawing Room Culture"と題する発表を行ったが、司会のChris Morash教授からパネル全体に肯定的な評価をいただいた。 私個人の主張は、ジョージアン様式という通常建築上の様式として理解されるものを生活様式と捉え、それがアイルランド近代において文化混淆の基盤となった、というものである。文化混淆の現場を多数検証するために、研究協力者二人が描き出すジェイムズ・ジョイスの文学世界の一断面や、19世紀アイルランドに多数現れた文化倶楽部の雄としての"Contemporary Club"の実態は、それぞれ単独の立派な発表であると同時に、私の仮説を支えるのに十分なものだった。 長く異人とされてきたアングロ・アイリッシュのうち、キーティングが属するSean-Ghall、私の研究対象であるYeatsのNua-Ghall、さらに19世紀後半に力を得るカトリックの中流階級までもがdrawing-roomに拠って各種活動のネットワークを構築していた。各国にサロン文化が見られるが、政治の中心をロンドンに奪われたNua-Ghallとアイルランド語を奪われたカトリック系ゲール系の新興市民とが、どのように協力してひとつの国を形成していくのか、その実相を探る次の仕事に途を開くことが出来た。
|