研究課題/領域番号 |
17K02578
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研究機関 | 比治山大学 |
研究代表者 |
重迫 和美 比治山大学, 現代文化学部, 教授 (00279085)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 語りの技法 / ウィリアム・フォークナー / 符号表現分析 / 虚構世界の現実性と虚構性 |
研究実績の概要 |
かつて古典的リアリズムの時代には,物語は現実を模倣する虚構とされ,作家は物語に「現実性(現実らしさ)」を与えようとした。しかし,ポストモダン以降は,現実は虚構とされ,作家は物語の「虚構性(虚構らしさ)」を強調するようになっている。本研究は,多重物語を対象に,物語に「現実性/虚構性」を与える語りの技法を分析し,時代・文化・ジャンルを横断する物語の形態比較文学史を構想するものである。多重物語とは,入れ子式構造を持つ物語で,一番外側の「枠物語」と,枠物語に埋め込まれる「枠内物語」によって構成される。当該年度の課題として,第一にフォークナーの語りの技法の時代変化を検討し,第二にフォークナーの技法を多様な多重物語と比較検討した。 第一の課題について,フォークナー初期には語り機能(語り手)を潜在化する技法で枠内物語が際立つ傾向が,後期には語り機能を顕在化する技法で事後的に枠物語が生じる傾向があるのを明らかにした。物語の時空は,前者では,語られずとも眼前にある現実として読者に迫り,後者では,語られることで初めて生まれる虚構として読者に把握される。前期の技法は物語の現実性を,後期は虚構性を表現していると言える。 第二の課題について,まず,フォークナーの語りの技法をアメリカ文学史の文脈において検討し,彼の後期の技法がポストモダニズム作家と類似しているのを明らかにした。次に,日本のモダニズム作家と比較し,日本文学においても枠内物語が際立つ傾向がある一方,日本文学では,語りの時空を物語の時空に重ねる技法が入れ子構造をしばしば崩し,枠・枠内物語を並置するのを指摘した。最後に,特撮やアニメの異ジャンルと比較した。映像作品は,元来,語り機能が潜在的である点でフォークナー前期の技法と通じる。一方,近年の特撮やアニメの物語の虚構性の表現として,入れ子式でなく,並置式の多重構造を多く観察できるのを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究課題の進捗がやや遅れている理由は,当初計画していた「Faulkner2020」と題した国際研究会(3月実施予定)を,新型コロナウィルス感染拡大のため中止したからである。研究会は,本研究課題の成果を広く社会に公表するとともに,国外及び県外からフォークナー研究者をアドバイザーとして招聘して本研究課題の評価を得,研究課題全体を総括するのを目的としていた。しかし,本研究会が中止されたため,研究会で公表予定だった,フォークナーの語りの技法と日本のモダニズム作家の語りの技法の比較研究,及び,異ジャンル物語との語りの技法の比較研究という研究課題全体の総括が未完了となった。 一方,本研究課題に着手して以来長きにわたって古書市場に出回っていなかったフォークナーの手稿本を,まとめて入手できたという幸運に恵まれたこともあり,当該年度2月までに完了すべき研究計画は,概ね順調に進展した。4月から5月にかけては,後期フォークナー作品の語りの技法分析を集中的に行い,6月の「中・四国アメリカ文学会」で,フォークナーの後期代表作である『尼僧への鎮魂歌』についての研究発表を行った。7月から8月にかけては,フォークナー以外の作品(横光利一などの日本文学作品や,仮面ライダーシリーズなど)に分析対象を広げて語りの技法を検討した。8月下旬から9月上旬にかけては,サウスイーストミズーリ州立大学のフォークナー研究センターでフォークナー関連資料(手稿,映画脚本,演劇脚本,雑誌掲載短編等)を調査収集した。10月には,6月に行なった研究発表を,アメリカで収集した資料を基にさらに発展・深化させ,「日本アメリカ文学会全国大会」で研究発表を行った。また,当該年度に行った二つの学会発表を論文にまとめ,10月と12月にそれぞれを投稿して受理された。1月から2月にかけては,前述の研究会での総括を目指し,研究を順調に進めていた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題に関して未完了なのは,当該年度に計画していた国際研究会に係るもので,フォークナーの語りの技法の時代変化を基準に,アメリカのポストモダニズム文学,日本のモダニズム文学,及び異ジャンル物語の語りの技法を比較してまとめる作業,及びその公表と評価である。これらを完了するため,今後,研究会を計画するが,新型コロナウィルスの感染収束状況によって柔軟に対応できるよう,予め,以下の3通りの案を考えている。3案ともに,開催地は本研究代表者の所属大学がある広島とし,実施時期は国内外の研究者の日程が比較的空いている,2月から3月で計画する。 1)新型コロナウィルスの感染が日本とアメリカ双方で収束し,当初計画通り,広島県外とアメリカからの研究者招聘が可能な場合,当該年度計画に準じた国際研究会を実施し,研究課題の総括とする。 2)新型コロナウィルスの感染が国内で収束し,都道府県を越えての人の移動が可能である一方,アメリカで拡大傾向にある場合,招聘する研究者を国内からに限定して研究会を実施し,研究課題の総括とする。 3)アメリカでの新型コロナウィルスの感染状況にかかわらず,同ウィルスが国内において再度感染拡大し,都道府県を越えての人の移動が困難な場合,招聘する研究者を県内からに限定した上で規模を縮小して研究会を行い,研究課題の総括とする。 3案のうちのどの案を取るかは,概ね9月をめどに,新型コロナウィルスの感染収束状況を見て判断する。研究会の規模を縮小せざるを得ない場合は,参加者のインターネット環境にもよるが,ウェブ会議システムの活用を検討したい。9月までは,当該年度中に公表予定だった研究内容を,分析作品を追加して練り直し,より良いものに仕上げる準備期間とする。日本文学では,入れ子式多重物語で名高い泉鏡花を,日本の漫画として,輪廻転生がテーマの,手塚治虫の『火の鳥』連作を追加計画である。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度に計画していた「Faulkner2020」と題する国際研究会を新型コロナウィルス感染拡大の影響で中止したため,次年度使用額が生じた。本研究会は,研究代表者の主催で,本研究課題の成果を広く一般に公表するとともに研究課題の総括を行うもので,国内外のフォークナー研究者を招聘して研究代表者の今後の研究についての助言を得る予定だった。開催地は広島を,開催日程は3月17日を計画していた。しかし,3月7日に広島で初のウィルス感染者が報告されたため,研究会を中止した。 研究会中止により生じた次年度使用額は,研究会で予定していた,本研究課題に係る目的達成のために使用する。研究会の目的は,フォークナーの多重物語における語りの技法の時代変化を基準として,物語に「現実性/虚構性」を与える語りの技法を日米文学及び異ジャンルの多重物語について比較検討するという,研究課題全体の総括と,その公表及び評価である。この目的を達成するため,当該年度計画に可能な限り近い形での研究会を開催したいが,新型コロナウィルスの感染収束状況によって,招聘する研究者を国外在住者から国内在住者に変更するなどの対応をする。国際研究会という最も望ましい形での研究会の開催を前提に,日程を国内外の研究者が集いやすい2月から3月と定めているので,どのような形で研究会を実施するかを新型コロナウィルス感染収束状況を踏まえて概ね9月に判断する。
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