研究課題/領域番号 |
17K02578
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研究機関 | 比治山大学 |
研究代表者 |
重迫 和美 比治山大学, 現代文化学部, 教授 (00279085)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 語りの技法 / ウイリアム・フォークナー / 物語の現実性と虚構性 / 物語構造分析 / 物語論 |
研究実績の概要 |
前年度分析した多様な物語作品からフォークナーの『アブサロム,アブサロム!』と『尼僧への鎮魂歌』,泉鏡花の「眉かくしの霊」,三島由紀夫の『春の雪』を選び,作品の「現実世界の虚構らしさ」や「虚構世界の現実らしさ」を描出する語りの技法を比較した。作品の「現実世界」と「虚構世界」を論じるため,語り手が語る「第一次物語世界」が,作中人物が語る「第二次物語世界」を内包する入れ子型物語構造の作品を選んだ。 「現実/虚構らしさ」を評価する主体は「聞き手」である。「語り手」は物語世界の事態を認知して言説化し,聞き手は語り手の言説を通してその事態を認知する。聞き手は事態の「現実/虚構らしさ」を二つの点から評価する。一つは聞き手と事態の位置関係である。聞き手が語り手から言説を受け取る,物語世界外の領域を聞き手にとっての「現実世界」,「第一次物語世界」を「虚構世界」,「第二次物語世界」を「虚構内虚構世界」と考えれば,事態が聞き手から高次の物語世界にあると見えるほど「虚構らしさ」は強い。もう一つは聞き手の「事態把握モード」,すなわち,事態をどのように見るかの視点の置き方である。三つのモード--事態に臨場して自分が視野に入らない「主観的事態把握」,事態に関わる自分が視野に入る「対自主観的事態把握」,事態に不在の傍観者的見方の「客観的事態把握」-- の内,「主観」,「対自主観」,「客観」の順に「現実らしさ」が強い。 比較の結果,以下が明らかになった。『尼僧への鎮魂歌』にある「現実世界の虚構らしさ」の描出は上述の日本文学作品には見られない。『アブサロム,アブサロム!』にある「虚構世界の現実らしさ」の描出は上述の日本文学作品にも見られ,類似の語りの技法--本来第二次の物語世界を第一次に見せる語り手の潜在化の技法と,語り手が主観的事態把握モードで語る技法--が虚構世界の事態を現実らしく見せる効果を上げている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新型コロナウィルス感染拡大防止のために実施を延期した国際研究会(「Faulkner 2022」)は感染状況が好転しないため三たび延期することになった。しかし,前年度に提案した物語構造モデルによる語りの技法の分析手法が,フォークナー作品を含む英語文学作品のみならず日本語文学作品や映像作品にも適用可能であることが検証できたことで研究は順調に進展した。 4月から6月にかけては,文学以外のジャンルの物語として手塚治虫作品の分析を行った。手塚は漫画,アニメ,小説など,多ジャンルにわたって多くの作品を遺している。手塚作品の分析は本研究課題を進めるための良い材料となった。7月から8月にかけては,これまでの作品分析に基づいて,物語作品内の「虚構世界の現実らしさ」や「現実世界の虚構らしさ」を描出する語りの技法についての考察をまとめた。翌9月,関西フォークナー研究会で,フォークナー初期作品の「虚構世界の現実らしさ」と後期作品の「現実世界の虚構らしさ」の描出技法を独自の物語構造モデルを使って論じた。本発表は,研究課題の核となる部分に当たり,フォークナー研究者の評価を得られた意義は大きい。 9月からはフォークナーの『アブサロム,アブサロム!』と『尼僧への鎮魂歌』を,泉鏡花の「眉かくしの霊」と比較考察した。これらの作品には「虚構世界の現実らしさ」を描出する技法が共通して見られた。この比較考察は10月に研究論文としてまとめた。11月からはフォークナーの『アブサロム,アブサロム!』と三島由紀夫の『春の雪』の比較研究に着手し,並行して日本文学における語りの技法の研究と日本語文法の研究も行った。日本文学における語り手の類型論や,日本語の人称や時制に関する議論は本研究課題の参考になった。『アブサロム,アブサロム!』と『春の雪』の比較研究は順調に進み,3月現在,研究成果を学会で発表する準備を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題に関して未完了なのは,令和元年度に計画し中止・延期を余儀なくされた国際研究会に関わるものである。当初計画では,フォークナーの語りの技法の時代変化を基準に,アメリカのポストモダニズム文学,日本文学,異ジャンル物語の語りの技法を比較してまとめた結果を,日本とアメリカ在住の日米文学研究者に公表して評価を受け,後の研究の土台とすることとしていた。令和元年度以降これまで,新型コロナウィルス感染状況は好転しなかったが,今後は収束が見込まれるので,次年度,改めて研究会を企画・実施し,課題を完了したい。 開催地は,当初計画通り,本研究代表者の所属大学がある広島とし,開催時期は国内外の研究者の日程が比較的空いている2月から3月で計画する。アメリカからは,当初計画通り,サウスイーストミズーリ州立大学フォークナー研究センター所長,クリストファー・リーガー教授を招聘する予定である。リーガー教授とは,同教授が出版した書籍を書評するなどの研究活動を通じて,現在も連絡を取り合っている。国内からも当初計画通りに研究者を招聘できる見込みである。その他,国内の研究者に対しては,日本ウィリアム・フォークナー協会を通して研究会を広く周知する。新型コロナウィルス感染状況を注視しながら,9月から国際研究会の諸準備に取り掛かる。 次年度は,国際研究会が開催できるか否かにかかわらず,本研究課題の成果を国内の学会で積極的に公表して評価を受ける。国際研究会の前に,まず,6月の中・四国アメリカ文学会,続いて10月の日本アメリカ文学会と,二つの学会で研究発表を行う考えである。二つの学会発表後に,国際研究会での成果発表に向けて,本研究課題の総括に取り掛かる計画である。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和元年度,実施を計画していた国際研究会「Faulkner 2020」を新型コロナウィルス感染拡大のために中止・延期した。以降もウィルス感染状況は好転せず,本国際研究会は実施できていない。生じた次年度使用額は実施できていない本国際研究会実施経費分である。 国際研究会の中止・延期によって生じた次年度使用額は,次年度に改めて計画する国際研究会のために使用する。当初計画通り,アメリカからはサウスイーストミズーリ州立大学フォークナー研究センター所長のクリストファー・リーガー教授を招聘する。国内からも当初計画で予定していた研究者(関東方面在住)を招聘する。リーガー教授の招聘費に55万円程度(アメリカから広島までの往復旅費と宿泊費,及び本研究課題に係るアドバイザー謝金等),国内研究者の招聘費に10万円程度(関東方面から広島までの往復旅費と宿泊費,及び本研究課題に係るアドバイザー謝金等),チラシ作成や会議費等の諸経費に4万円程度を充てる計画である。 「コロナ禍」で学会はオンライン式が常態化し,研究者が対面で意見交換できる機会が失われている。本国際研究会は対面式で行う方向で可能な限り調整し,多くの研究者の研究に資するものとしたい。一方,新型コロナウィルスの今後の感染状況によっては計画の変更を余儀なくされる可能性もある。研究会をどのように開催するかはウィルスの感染状況を踏まえて10月初旬に判断する。
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