最終年度は,これまでの研究成果を二つの国内学会(中・四国アメリカ文学会と日本アメリカ文学会)で発表して評価を得た後,研究の完成度を高める作業に取り組み,最後に国際研究会(Faulkner 2023)で総括した。 第一の成果として,フォークナーが前期は虚構の現実性を後期は現実の虚構性を強調する語りの技法を工夫していることを明らかにした。フォークナーはモダニズム文学の代表作家として実験的語りの技法の名手とされているが,従来の研究は意識の流れの技法等のモダニズム文学が典型とする技法を用いる前期作品に注目しがちで後期作品は実験的でないとしてきた。従来の研究が見過ごしてきたフォークナー後期の語りの実験を明らかにできたのは,本研究のフォークナー研究上の意義である。 第二の成果として,物語作品内の「虚構世界の現実らしさ」と「現実世界の虚構らしさ」を分析する独自の分析手法を物語論(ナラトロジー)や認知言語学を参照して確立した。従来の物語論はフォークナーの複雑な語りの技法を分析できないとされてきた。例えば『アブサロム,アブサロム!』等,語りの技法が良く研究されてきた前期の作品においても,語り手の声や視点の所在が分析できないとされる語りは少なくなかった。しかし,そのような複雑な語りの技法を本分析手法は良く分析できる。本研究には,フォークナーの語りの技法研究上はもちろん,一般的物語論研究上の意義もある。 第三の成果として,前述の独自の分析手法は,「虚構世界の現実らしさ」と「現実世界の虚構らしさ」を描出する語りの技法の観点から,フォークナーの小説以外の多様な物語作品をフォークナーと比較対照することを可能にした。「現実らしさ/虚構らしさ」を鍵に,映画と小説の比較対照や日米文学の比較対照等,メディアや言語の異なる物語の物語構造比較対照が可能となることから,本研究には,比較文学・文化研究上の意義もある。
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