最終年度は、ティム・オブライエンのキャリアと研究史について検討した。専修大学人文科学研究所2023年3月定例研究会で行った口頭発表「小説家ティム・オブライエンのヴェトナム戦争」でその成果を報告した。ここでは作家のキャリア全体における主題としてのベトナムを再検討し、伝統的な戦争小説において分割された領域として論じられてきた「戦場」と「ホーム」が、オブライエンの場合、地続きであることを明らかにした。 また、2019年まで九州で開催していた研究会を関東で再開できた。このアメリカ文学サバイバル研究会第37回例会における口頭発表「_Tomcat in Love_における冷戦期とポスト冷戦期」では、オブライエンのキャリアにおいて異色であるコメディ小説を取り上げ、その研究史における位置づけを整理した。具体的には、これまで主流であった作品の定義――_In the Lake of the Woods_ 出版後に精神の不調から断筆を宣言した作家が_Tomcat in Love_のトラウマを抱える主人公に自身を仮託し、その回復を描くことで作家に復帰したとする解釈――を覆した。この作品の重要性は先行研究が指摘するような重厚な「戦場」から喜劇的な「ホーム」への主題の移行ではない。むしろそれは、作家のキャリア全体に通底する、自身を戦場へ向かわせた「故郷」とその「盲目的な愛」をデフォルメして描いた点にある。 研究期間全体を通じて考察したポスト・ディザスターの修辞学によって、ベトナム戦争や9.11同時多発テロなどのアメリカ史における影の部分を描く作品には、戦争とホームとの分かちがたい関係を浮き彫りにしながらアメリカン・ホームという神話を問いただす視点が含まれていることが明らかになった。
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