研究実績の概要 |
本研究課題は,マルセル・プルーストが作品中で描く庭園の意味を検討するこを出発点に,文学作品で描かれる「庭園」の意義と役割を解明することを目的とするものであった。 最終年度の2021年度は,九州大学フランス語フランス文学研究会の機関誌『Stella』に発表した論考「ラスキンの庭園美学とプルーストの植物学的詩学」において,プルーストの「庭園美学」を,英国の美学者ジョン・ラスキンとの関連で検討し,この英国美学者の庭園美学が「偶像崇拝」を超克する踏み台として役割を果たしている可能性を指摘した。そのうえで,プルーストは,ラスキンを通して,主に植物描写を先鋭化させ,人間心理と連動した描写手法を学んだと結論付けた。 また,「書評:Yasie Kato, L'Evolution de l'univers floral chez Proust,Paris, H. Champion, 2019」では,プルーストの初期作品や批評文,とりわけ草稿資料を緻密にたどる本著作の精読を通し,プルーストにとっては既存の芸術作品ではなく,庭園や自然の植物をじかに観察して描くこと,またそれを通して作家は自己の文体を彫琢することを目指していた点を確認し,本研究課題に進展に資するところが大きかった。 さらに,日本フランス語フランス文学会2021年度関東支部大会のシンポジウム「庭を歩く,文学を歩く」において「『失われた時を求めて』の登場人物の庭園愛好」という題目で行った発表では,小説における庭園が,絵画や建築とならぶ芸術性を備えた場であるだけでなく,性的嗜好が解放される場でもあること,また,庭園は,生垣などの囲いに区切られ,一見すると外界から遮断された閉じた空間であるが,そこには必ずや隙間があり,視線や情報が貫通してしまう場でもあることを明らかにした。 現在,研究期間全体の成果を,1件の著作にまとめる作業を進行中である。
|