研究課題/領域番号 |
17K02591
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
森本 淳生 京都大学, 人文科学研究所, 准教授 (90283671)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | モデルニテ / 文学場 / マイナー文学 / 周縁性 / 書簡体小説 |
研究実績の概要 |
本研究は、農民出身で印刷工の修行を積んだのちに作家となったレチフ・ド・ラ・ブルトンヌ(1743-1806)を中軸にすえて、文学とモデルニテ(近代性/現代性)の関係を再考することを目的としている。2017年度は、膨大な作品を残したレチフのテクストのうちこれまで未読であったものを鋭意読み進める一方で、計画書に記載されたレチフの「文学場における周縁的地位とテクストの両義性」およびその「文学的後世」について研究を進めた。 レチフ文学においては主人公の死に大きな意味が付与され、それが残された家族にとっての道徳的教訓、遺言による新たな農村家族共同体の設立、あるいは没後作品を通しての作家名声の確立といった問題として展開されている。たとえば『堕落百姓』の最後の見られる主人公たち(エドモン、ユルシュル、パランゴン夫人)の死と遺言は、道徳的教訓と共同体設立につながるものであったが、『父の呪い』の主人公デュリはまさに死ぬことによって作家主体を確立することになる。こうした展開のうちには、マイナー作家レチフの願望、すなわち現世では報われないが、後世においては名声を得たいという希望を読むことができる。最晩年の書簡体小説『没後書簡』は、死期を覚った夫が妻に向けて手紙を書きため、知人に頼んで死後一年にわたりそれを妻に届けさせることで妻に自分の死を受け入れる準備をさせるという作品であるが、ここにも没後の名声というレチフの欲望を読み取ることが可能である。以上については2018年度中に論文として発表する予定である。 レチフ自身の「文学的後世」はこれに直接つながる問題である。アレクサンドル・デュマの知られざる作品『アンジェニュ』(1854)は19世紀半ばに再燃するレチフへの関心の具体相を示す作品である。そこでは伝記的に正確な作家像が求められるというよりは、「文学的神話」の一形象として記憶される傾向が認められる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2017年度の第一の課題については概要に記したとおり発表しうる一定の成果を得たが、第二の課題「文学的後世」に関しては、アレクサンドル・デュマの知られざる作品『アンジェニュ』の読解を通じて19世紀半ばに再燃するレチフへの関心の具体相の一部を考察するにとどまった。ネルヴァルをはじめとする19世紀半ばの受容から20世紀初頭のピエール・ルイスなどによる受容、またレチフ文学に現れる近代文学の諸問題が狭義の影響を越えて後の文学のなかにどのように現れているのかをめぐる考察は十分に行うことができなかった。 この遅れの理由として、レチフの作品数が膨大であり、くわえて昨年度に通読したサミュエル・リチャードソン『クラリッサ』(1500頁)に代表されるように、関連諸作品も大部であるものが多いことが挙げられるが、こうした──いわば開始以前から当然予見された要因に加え──本研究の研究視角が相互に密接に関わっており、直線的に読解・分析を進めることができないことも挙げることができる。 しかし、ということは逆に、2017年度の研究はこの年度に限定されるものではなく、今後に直接生きてくるものである。実際、2017年度に考察した『父の呪い』、『浮気な妻』、『没後書簡』といった書簡体小説は、2019年度に予定されている書簡体小説に関する分析に密接に関わり、それを先取りするものである。2018年度の読解・分析を通じても同じことが言えるので、遅れはあるものの全体においては「おおむね順調に進展している」と言えると考える。
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今後の研究の推進方策 |
2017年度の遅れを取り戻すとともに、以下の課題についてとりくむ。 1)自伝とフィクション。近代的な自伝テクストはルソーの『告白』を嚆矢とするとされるが、それ以前にも宗教的自伝、貴族の回想録、芸術家の自伝など様々な流れがあった。これと連動して偽筆の回想録や回想録を模した一人称小説も生まれている。レチフがルソーの『告白』を意識して書いた自伝的作品『ムッシュー・ニコラ』は、一方で自己の真実のみを語ると宣言するが、他方で多くのフィクションを含んでいる。こうした両義的なテクストをどう読んだらよいのか。上述の歴史的文脈を踏まえつつ幅広い観点から研究を進めたい。 2)自伝的テクストとルポルタージュ言説の相関性。レチフはある時期からパリのサン=ルイ島の岸壁に日々の出来事を書きつけていた(のりに『我が碑銘』としてまとめられる)。興味深いことに、このサン=ルイ島はレチフが自らの不幸を嘆く極めて私的な場所であると同時に、逢瀬を楽しむ不倫の男女を目撃する場所でもあった。レチフはこうして他者の秘密を観察し、道徳的矯正の名の下にそれを書きつけ、読者/公衆にむけて暴露する。レチフが「夜の観察者」として街を見て回る『パリの夜』は、自己の感情を反芻する場面とともに、こうした密偵的な行動を執拗に描き出すテクストである。こうした他者暴露的視線と自伝的自己暴露がとりむすぶ関係を、メルシエなど当時のテクストも考慮にいれつつ分析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の進捗にやや遅れがあったため経費に余裕が生じたため。次年度に解消したい。
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