本年度は 、19世紀前半における文学に見いだされるウクライナ人のアイデンティティ形成の問題を、同時代における歴史認識の側面から進展させた。ロシア・東欧地域を中心にヨーロッパの17世紀から19世紀における歴史認識の変容を史学史に基づいて把握したうえで、ロシアとウクライナにおける教育史や、ゴーゴリやシェフチェンコなど、本課題が対象とする作家の伝記的事項と付き合わせながら、彼らの文学や民族的・階層的アイデンティティの根底にあった歴史観の論理構造を明らかにすることに努めた。本年度の成果は2024年2月に行われたシンポジウム「ウクライナ文化の挑戦――激動の時代を越えて」における研究報告にまとめた。 [研究報告]「18世紀から19世紀前半におけるウクライナのイメージ形成と歴史観」シンポジウム「ウクライナ文化の挑戦――激動の時代を越えて」(慶応大学、ハイブリッド開催、2024年2月) 本報告は、研究課題に上げているゴーゴリ文学が18世紀後半に登場した脱神話的な歴史観に依拠しているという認識の元に、その前後の時代における歴史観、すなわち17世紀の民族起源論と19世紀以降のロマン主義的ナショナリズムとの比較を通じて、歴史観と文学に現れるアイデンティティとの対応関係を論じたものである。 また、本年度は本研究課題における社会的側面からのアプローチを達成する上で必要であったロシアにおける資料調査を、作家とその同時代人の伝記的資料や、教育史の資料、統計資料等について集中的に実施し、前年度までのコロナウイルス感染拡大に関係した資料調査の問題が解消された点において、進展があった。
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