研究課題/領域番号 |
17K02614
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
村瀬 有司 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10324873)
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研究分担者 |
天野 惠 京都大学, 文学研究科, 名誉教授 (90175927)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | イタリア詩 / ルネサンスイタリア / トルクァート・タッソ / ピエトロ・ベンボ / 俗語論 / 英雄詩の直接話法 |
研究実績の概要 |
研究代表者の村瀬は、ルネサンス期イタリアの代表的な英雄詩3篇の直接話法の比較検証を進め、2018年度は特にトルクァート・タッソの作品における発話の導入表現の配置を分析した。その結果、タッソの作品では、「彼は言った」「彼女は答えた」などの発話を導く表現が11音節詩行の行末までに提示され、次行の冒頭から直接話法が始まる形が相対的に多いこと、このような形態が発話の状況を描写するのに向いていること、また特定の登場人物に対して使われやすいこと、発話に重々しさを付与する働きがあることを指摘し、その研究成果を全国規模の学会誌に発表した。あわせてタッソの創作理論書『詩作論』(2019年4月刊行)を翻訳した。この詩論はルネサンス期の芸術観を知るうえでも重要な作品である。巻末には16世紀のイタリアの英雄詩の創作理論の特色を平易にまとめた解説を付し研究成果を広く発信することに努めた。 研究分担者の天野はベンボ『俗語論』第三巻の和訳を完了し、三種の刊本の異同に加えて、手稿の上になされた加筆・訂正の跡を計6種のフォント・カラーと3種のアンダーラインを使い分けて表示し、かつ原文テキストと和訳に詳細な註を付す作業を進めた。またペルージャ大学のCarlo Pulsoni教授を招いて2018年6月に研究会を開催し情報交換を行なった。ベンボが『俗語論』の改定に用いた刊本の一冊を発見・特定し、その分析結果を漸次発表している同教授から、直接最新の研究情報をえることができたことは本年度における大きな成果であった。また同教授からは、天野がかつて発表した論考(2006)において情報のベースとしたイタリア人研究者の論文に重大な誤謬の含まれていることが指摘され、この結果『俗語論』執筆の動機となったイタリア文学語の「規範」確立に関するベンボの決意が1501年の時点にまで遡る可能性の高いことが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究代表者・分担者ともに当初の計画に対して遅れが生じている。代表者はトルクァート・タッソの英雄詩の直接話法を、ボイアルドとアリオストの騎士物語のそれと比較しながら、①発話の長さ、②8行詩節内の配置、③導入表現の位置に着目して分析を進めている。3つの項目に関して明らかになった成果を順次学術論文として公表しているが、詩節内の配置については、終点の特徴とその効果はある程度まで分析できたものの、起点の方はイレギュラーな形態が予想以上に多いこと、またその分析にあたって直接話法冒頭部の構文分析を一つずつ行う必要があるために作業に遅れが生じている。加えて、2つの直接話法がダイレクトに接続するパターンの数量と効果の調査に当たっても個々の事例の分析に時間を要している。 分担者の研究計画に関しては、研究対象であるベンボ『俗語論』のテキストが予想以上に難物であること、またペルージャ大学の Carlo Pulosni 教授の来日を初年度から次年度に変更せざるを得なかったために遅れが生じている。第一の点については、この作品自体が俗語による文学作品を書こうとする詩人・文人を対象とするものであることからある程度まで想定されていたが、その難度が研究分担者の予想をはるかに超えるものであることが徐々に明らかとなって来た。また、論述に当たって引用されたダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョ等、14世紀の作品テキストが現代の校訂版ではないことから、その特定に手間取ることも作業の遅延をもたらす原因となっている。加えて、研究実績の項目で述べたように、ベンボの《規範》意識が1501年の段階でかなり強まっていたと推定せざるを得なくなったことから、それらの引用テキストには彼によって改変が加えられていた可能性を考慮する必要が生じている。このため、これまでの作業をいま一度最初から洗い直すことを余儀なくされているのが現状である。
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今後の研究の推進方策 |
研究代表者は引き続いてタッソの英雄詩を中心に直接話法の配置の特徴と効果を研究する。上記のように作業に遅れはでているものの、なすべきことはおおむね明らかにできており、分析に必要な資料も大方整っている。具体的には、①タッソの作品の直接話法の起点について、イレギュラーなケース(偶数行始まり)の発話の冒頭部の構文を、連内部の位置と照らし合わせて分析する、②発話の終点についてイレギュラーなケース(奇数行終わり、及び行の途中終わり)の数量と効果を再確認する、③2つの直接話法がダイレクトに接続する形の数量と効果を確認しアリオストらの作品と比較する、④これらの考察から明らかになったところを踏まえつつ、ベンボの『俗語論』の記述と照らし合わせてタッソの直接話法の特色を再検証する。 研究分担者の作業については、進捗状況の項目で述べたように研究の進行に遅延が生じているものの、その意義や本質に関わる障害が発生しているわけではない。むしろ遅延の原因は却って研究の精度を当初の想定よりも一層高める結果をもたらすものであることから、その意味で特別な方策を講じる必要には迫られていない。研究対象であるベンボ『俗語論』はイタリア文学史における重要度の極めて高い著作でありながら、その特殊な性格上、英語を含めて外国語への翻訳はこれまで行なわれていない。本研究が成果の一部として準備中である日本語訳も、イタリア古典文学の諸作品を原語で読解する能力のある人間にしか役に立たない特殊なものであり、単に当該言語を解さぬ読者のために作品内容を紹介する通常の翻訳とは性格を異にする。従って、解釈の精度こそが命であり、これを最優先に考えて、徒らにスピードを追求することなく慎重に作業を進めていく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
イタリア人教授の招へいに要した旅費・滞在費が予想を下回ったこと、並びに当初想定していたイタリアでの写本調査が延期されたことから、旅費の一部に余剰が生じた。また研究の進捗に遅れが生じていることから、当初予定していた資料整理の謝金が未使用のまま残る結果となった。 2019年度の予算では、上記の資料整理の謝金、本研究に関連する書籍の購入、欧文校閲などに2018年度分の余剰費用を使用する予定である。
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