研究課題/領域番号 |
17K02615
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
田邊 玲子 京都大学, 人間・環境学研究科, 名誉教授 (80188367)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | ドイツ文学 / ヴィンケルマン / 人間学 / 身体 |
研究実績の概要 |
令和4年度は、二件の出版を実現できた。一方コロナ禍が継続しており、途中でコロナ対策は緩和されたものの、ドイツの図書館の利用制限は長く続いていたため、ドイツでの資料収集は諦め、予算は執行しなかった。出版関連以外の今年度の研究は、手持ちの資料の検討にあてた。 まず、ヴィンケルマンの『ギリシア芸術模倣論』(『絵画と彫刻におけるギリシア芸術模倣論』『『絵画と彫刻におけるギリシア芸術模倣論』にたいする公開状』『ドレスデン王立古代小陳列室のミイラについて』『『絵画と彫刻におけるギリシア芸術模倣論』の解説と模倣論にたいする公開状への回答』全訳に、彫像描写三点、初期書簡十点を加えたもの)の翻訳出版にさいし、すでに出版社に渡してあった原稿をさらに推敲し、紙幅に合わせて訳注を大幅に圧縮、解題を執筆するなどの作業を行い、十月に出版された。『ギリシア芸術模倣論』の原注を含めた全訳は、邦訳では初めてのものとなる。この書は18世紀にギリシア熱を呼び覚ましただけでなく、以降の人間学、身体観など、芸術論を超えて大きな影響力を及ぼした。書簡には健康や食養生など当時の身体意識にかんする意識が伺え、人間学をめぐる文化史的にも貴重な資料である。解題は20世紀に至るまでの身体観への影響を中心に記した。また、啓蒙思想における「ジェンダー」項目の執筆を担当した『啓蒙の百科事典』も出版された。ジェンダーは18世紀の人間学の重要項目の一つである。 ただ本年度も、次項で述べる事情で、研究に十分な時間をあてることがかなわず、資料を散発的に検討するだけで終わってしまった。まずヘルダーのヴィンケルマン関連の著作、Kritische Waelder等に加え、ヘルダーに関しての二次文献のほか、いわゆる道徳週刊誌の初期の代表的なものであるDer Patriot. 1724-1726の全篇を通して読み、検討した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本年度は、実家の親が入院後、予期せずして要介護状態で退院となり、完全につききりの介護が必要となった。一度は研究を諦めかけたが、数ヶ月してかなり回復し、親族と交代で介護できるようになり、ある程度自分の時間がとれるようになった。このような事情のため、出版以外の研究は残念ながらあまり進んでいない。 ヴィンケルマン著作および『啓蒙の百科事典』の「ジェンダー」項目は、ともに18世紀ドイツの人間学にとって重要な項目である。とくに、ヴィンケルマンの初期著作の全貌を示し、その影響を芸術論にとどまらない、人間学における位置づけができたのは、大きな成果だと自負している。 一方、まとめに向けての筋道を明確にするための作業は、ほとんど進んでいない。ヴィンケルマンの『古代芸術史』における人間観の検討から始める予定であったが、ゆっくり集中して検討する時間がとれなかったため、細切れの時間でも対処できるような一次資料の検討を優先することにした。選んだのはヘルダーと道徳週刊誌『愛国者』である。ヘルダーについては、前年度の『彫塑』に続いて、ヴィンケルマン受容を知るためにヴィンケルマン関連の著作およびKritische WaelderのErstes Waeldchen、Viertes Waeldchenを検討した。さらに、18世紀初頭からどのような変遷があったのかを知る手がかりとして、1724年から三年間刊行され、その後も合本再版されて影響力を持った道徳週刊誌『愛国者』を全篇通して検討した。ただ、その内容はかなり荒唐無稽なものが多く、期待はずれであった。ただ、興味深い箇所もいくつかあり、できるだけ本研究に活かしていきたい。 本年度もやはり、個々のトピック/テキストをばらばらに扱っている状態に留まっており、引き続き、今後どのような観点を軸に全体をどう構成して研究成果を形にしてゆくか、検討が必要である。
|
今後の研究の推進方策 |
これまで積み重ねてきたことをもう一度見直して、まとめに向けての筋道を明確にする。基本的に、2021年度に予定していた推進方策を受け継ぐことにする。 1.まず、ヴィンケルマンの『古代芸術史』における人間観の検討を進める。人種観、ヨーロッパ中心主義等、ネガティヴな側面にも向き合うことが必要である。 2.1.の結果との関連になるが、本研究で扱うことを予定していた人間学の諸観点について検討を行う。a. 感覚による感性・視覚の優越。たいしてヘルダーの触覚優越観をどうとらえるか。;b. 快楽/ 愉悦を語る言説 : Brockes (1680 - 1747): Irdisches Vergnuegen in GOTT; Johann Arnold Ebert (1723-1795): Das Vergnuegen. Eine Serenade (1743);アナクレオン派の詩人たち。キリスト教の脈絡と、ギリシア受容の脈絡との相違の実質を探る;c. ユートピア/高貴なる野生人の言説。ヨーロッパの反転社会像を構成する軸の検討。; d. 理想的人間性醸成の条件。人間の完成可能性と教育の問題について。;e. 動物としての人間と世界における優越存在としての人間観について、一次資料を検討する。これらすべてを行うのは恐らく時間的に不可能であるが、あくまでヴィンケルマンを軸として、取捨選択して研究を進める。同時に全体の構成を考える。 3.できるならば本年度末までに研究成果をまとめたいが、実家の親の介護と並行しての研究となり、さらに研究の進み具合を鑑みると、困難が予測される。そこで遅くとも次年度の研究成果公開促進費申請に間に合うよう、まとめるようにしたい。 ドイツで資料収集を行いたいが、実家の親の状態により、現状では海外出張が難しい。様子をみながら、本年度どのように予算執行するか、判断をしたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の継続により、ドイツ出張の旅費に考えていた予算が執行できなかったため。 できるだけ本年度のドイツ渡航を考えるが、図書購入や、研究成果執筆のための画面が大きめのパソコン購入なども使途として考える。
|