研究実績の概要 |
29年度の進捗状況に鑑みて、本年度はスリータの研究を中心とし、エルティッツに関しては資料の整理と初期の小説群を読む作業に特化することとした。スリータについては民政移管後の1994年に刊行された大部の詩集『新生』に至るまでの過程、なかでも1985年に刊行された詩集『その消え失せた愛に寄せる歌』において扱われた失踪者(desaparecidos)の鎮魂というテーマに注目し考察を進めた。『その…』は数種類の声によって形成された詩集で、失踪者と思しき死者の声、それを探す家族の声、そしてアフリカやラテンアメリなど各国の名が付された墓所に対応する「壁龕」と称されたブロックでは戦争、人権侵害、暴力の記憶を想起させるコーラスのような声が挿入される。1985年の時点で民政移管後の和解プロセスを予見していたかのごときこの詩集は、失踪という「場所なき死」に詩的言語によって架空の場を与え、不在の死者とその存在の痕跡を探し求める遺族との間に橋を渡す試みであったことが分かった。この結果は論文「トラウマ的記憶を詩にする困難-ラウル・スリータ『その消え失せた愛に寄せる歌』に関する考察」(Estudios Hispanicos, 43号, pp.57-80)として公開した。 資料調査は29年12月と30年3月の二度にわたってサンティアゴ市内で実施し、エルティッツ『魂梗塞』の第二版等、貴重な一次資料を入手すると同時に、30年3月にはチリ国立美術館で開催中の20世紀チリの視覚詩に関する展示企画を訪問し、1982年にスリータとエルティッツがニューヨークで実施したいわゆる空中詩を撮影したビデオ映像を確認することができた。
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