研究課題/領域番号 |
17K02629
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研究機関 | 椙山女学園大学 |
研究代表者 |
長谷川 淳基 椙山女学園大学, 人間関係学部, 教授 (40198718)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ローベルト・ムージル / 演劇批評 / 美術批評 / 文学批評 / 特性のない男 / 科学記事 |
研究実績の概要 |
1920年代初頭のムージルの主たる仕事は、プラーガー・プレッセ紙への寄稿であった。それらの記事は演劇と美術を対象とした批評である。マックス・メルの文学作品に対する批評文はこれらとは異なり、書評である。が、これも含めてプラーガー・プレッセ紙におけるムージルの批評記事はどれも同じ趣旨で書かれている。彼はこれらの批評で新生オーストリアの偏狭なナショナリズムへの批判を書いている。ムージルはメルを肯定的に評しているが、それについてはスロヴァキア出身のメルにウィーン人ナショナリズムに対抗する共同戦線参加への期待をかけた結果である、と考えうる。この点でムージルの「批評」は決して不偏不党の性質のものではない。この意味でムージルはここでは「特性のない男」ではなく、「特性のある男」である。 ムージルの美術批評からは彼の批評の「特性」の特徴を理解することができた。プラーガー・プレッセ紙でのムージルの担当分野は劇評と美術批評の2分野である。ムージルの美術批評については、より注目されるべきである。これらの美術批評は「特性のある批評」であるが、一方では一貫してウィーン批判を展開し、他方これと相容れない一貫性の欠如を観察できる。自身の経歴と重なる軍人画家への共感を、ムージル自ら「弱み」と告白する。友人アレシュの著書への批評にも同じ「弱み」が読み取れる。 プラハ国立図書館でムージルの新テクストを発見した。ムージルの仕事には「文化年代記」があるが、発見したテクストもこの分野のものであり、科学評論である。彼の科学評論からは、ムージルが自身を科学分野の識者と意識していたことが分かる。先入観や党派性とは無縁の「特性のない男」の知識と知性をムージルは不断に育みながら、同時にこの営みを自身の生活の手段にもしていたのである。1921から23年ムージルは「特性のある男」と「特性のない男」の両面を発揮し、使い分けていた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
すぐ上の欄(「区分」)で「おおむね順調に進展している」としているが、当初の年次計画を量的な面では十分にカバーできなかった。が、他方〈ムージルの「批評」・「エッセイ」の特性と『特性のない男』の関係分析〉という本来的課題から見ると、ムージルの美術批評と科学記事(主としてプラーガー・プレッセ紙の「文化年代記」欄に発表された)の分析から、研究課題の解決への明確な見通しを得ることができた。 この点について具体的な経過を記す。2017年4月より9月にかけてはアレシュの美術鑑賞法に関する著書へのムージルの批評について考察した。その後10月から12月にはムージルの1921年から22年の美術批評の翻訳と分析を行ない、2018年1月にかけてこれらを2本の論文にまとめた。その後2018年2月から3月にかけての海外調査中にプラハでムージルの新テクスト2編を発見した。この新テクストはムージルの科学記事であった。先の美術批評と合わせて考察することにより、ムージルの20年代初頭の書き物に顕著な彼の批判精神すなわち「特性」が意識的・戦略的なものであることを理解することができた。 以上得られた成果から、私の過去1年間にわたる課題への取り組み・研究活動は「おおむね順調に進展している」と判断した。 なお2017年度の1年間の研究遂行については、随時ムージル研究家カール・コリーノのアドバイスを受けながら進めた。ムージルの新テクスト発見については、過分な賛辞の言葉を得た。その際には、発見した科学記事の関連資料を国立ベルリン図書館から取り寄せるように、との親身なアドバイスも得た。こうしたことも、過去1年間の研究は「おおむね順調に進展した」との判断の根拠をなしている。
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今後の研究の推進方策 |
発見した新テクスト2編について、ムージルのこれらの記事の出どころを突き止め、さらにはムージルの文学作品、特に『特性のない男』との関連を考察し、2018年度中にドイツ語論文として公表する。このドイツ語論文の校閲については、すでにムージル研究家カール・コリーノに作業を依頼し内諾を得ている。 小説『特性のない男』において、ムージルの批判精神(特性のある男)と科学者精神(特性のない男)がどのように反映されているのかに焦点をあてて研究を進める。 ムージルの美術批評について、①全般的な特徴の指摘、②美術批評と彼の文学作品との関係、の2点についての考察を行ない、論文として公表する。 プラーガー・プレッセ紙を中心にさらに新テクストの発見に努める。 フリゼー版ムージル全集全9巻のうち、第8巻と第9巻の「エッセイ」・「批評」全般と『特性のない男』との関係についてさらに詳細な分析を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年2月23日より同年3月30日まで、科研費を使ってベルリン・プラハ・ウィーンの各国立図書館に赴き資料の閲覧・調査・収集を行なった。その結果は、事前の見通しの通りに成果を収めることができた。この出張費用の一部については、私が立て替え払いを行なった。帰国が年度末に当たっていたために(2018年3月30日帰国)、旅費等の精算が年度を跨ぐことになった。その立て替え費用が、2018年度中(4月以降)に大学から私宛てに精算払いされる予定である。また、この調査により、今後新たに必要となる資料と購入するべき図書を知ることができた。すなわちムージルが批評の対象としたマックス・メルの1921年当時の新刊書類、ムージルの「文化年代記」の文章で言及されている科学論文である。ベルリンならびにウィーンの国立図書館にコピー等を依頼するための費用を支出する。 研究費申請時の計画の通りに、2018年度もベルリン、プラハ、ウィーンの各国立図書館に赴き、ムージルの「批評」・「エッセイ」と『特性のない男』の関係を調査する。このための旅費等を支出する。 ムージルが批評の対象にした作家の作品ならびに関連の2次資料を閲覧(購入、コピーなど)のために費用を支出する。
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