本研究の「申請時の課題」は、彼の演劇批評以外の批評とエッセイについて「特性」の有無を観察し、その結果をすでに分析を済ませている演劇批評研究の結果と比較すること、さらには「特性」の観点で、彼の批評・エッセイ全般と小説『特性のない男』との関連を探ることであった。また申請時の「研究計画・方法」では、本研究で分析の対象とする資料に関しては可能な限りオリジナルにあたること、その理由はムージルの批評・エッセイについては新資料を発見できる可能性がある旨を記した。 2021年度の研究により、1920年代にムージルが新聞雑誌に寄稿した記事・文章すなわち上記の「批評・エッセイ全般」については、旧オーストリア=ハンガリー帝国から独立した国々に対する彼の当初の期待が「特性のある批評」の形をとり、それに続く時期に各国に着実に根を下ろすナショナリズムへの彼の失望と、その「根を下ろす」状況を冷静に観察する彼の姿勢とが「特性のないエッセイ」に反映していることを確認した。ムージルの散文「黒魔術」に関する分析により、「特性のある批評」が「特性のないエッセイ」に移行していく際の彼の精神状況、すなわち彼の「特性のある」文章から「特性のない」文章が生まれるさまが観察できた。 私の研究は結果的に Peter Henninger が論文 Die Wende in Robert Musils Schaffen で主張した説(小説『特性のない男』は思弁家ムージルと、ジャーナリストとしてのムージルという2面性が結びついた結果生まれたとの主張)を修正・補完するものであり、この点が本研究の意義である。 今年度の研究成果はドイツ語論文 Ergaenzende Bemerkungen ueber die bis jetzt unbekannten Texte von Robert Musil として公表した。
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