本年度は、17世紀フランスのイエズス会学校におけるエンブレムと演劇の関係についての研究を行った。ルネサンス期以降のヨーロッパでは、格言、描写、解説から構成されるエンブレム・ブックが多数公刊された。同時期に中等教育施設を多数開講したイエズス会は、エンブレムの創作、解釈を教育に取り入れた。他方で、イエズス会教育の特色として、演劇を取り入れたことが挙げられる。視覚的要素とテクストとに関わるエンブレムと演劇がどのような関係にあったのかを調査することが、本研究の目的である。自然物や歴史的事象の中に教訓的、宗教的な寓意を見出すエンブレムが、演劇テクストにおいて比喩として用いられているケースに着目し、その教育的、美学的機能を分析することを目指す。 具体的には、フランス17世紀のイエズス会コレージュで修辞学教師として勤務していたニコラ・コーサン神父の悲劇作品において、彼が同時期に公刊したエンブレム・ブックや、前世紀の類書に収録されている複数のエンブレムが用いられていることを、文献学的に立証した。並行して、彼の修辞学指南書などをもとに、コーサンのエンブレム観を捉えることに努めた。コーサンは、ある具体物に複数の解釈を施すことができるエンブレムの特徴を、視覚的イメージを生み出す弁論の修辞的技法として重視している。この教育的な目的に加えて、コーサンが劇テクストにおいては、自分のエンブレム・ブックからエンブレムを利用する場合であっても、異なる注釈を施していることで、劇構造の一貫性を維持するという美学的意図があることを示した。 以上のテーマに関して、エンブレム学会で口頭発表を行った。
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