研究課題/領域番号 |
17K02633
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
田口 武史 福岡大学, 人文学部, 教授 (70548833)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 体育 / 身体 / グーツムーツ / 汎愛主義 / 遊戯 / 国民 / ナショナル・アイデンティティ / 祖国愛 |
研究実績の概要 |
1)「ナショナル・アイデンティティ」および「祖国愛」を巡る思潮と主たる理論(アンダーソン/ゲルナー/ハンス・コーン/A.D.スミス等)をふまえ、汎愛派の政治的立場を探った。実務的市民を育成しようとした汎愛派が理想としたのは、自立した個人が共存共栄する社会であり、そこに強いナショナリズム志向は見いだされない。しかし、観察・実習・実践を旨とする汎愛派の教授法は、身体感覚によって社会を理解する姿勢を育むものである。アンダーソンが主張するように、国民という理念的共同体が視覚メディアによって想像可能となったとするならば、この身体感覚による社会把握という汎愛派の教育方針が、市民階級におけるナショナル・アイデンティティ醸成と連動していた可能性が指摘される。 2)汎愛派のJ. Ch. F. グーツムーツによる著作『身体と精神の鍛練および保養のための遊戯』(1802)を検討した。グーツムーツは、古代における「体育(Gymnastik)」の教育的価値を再発見し、身体運動を理論化・体系化するとともに、汎愛学校における実践をとおして、これを教科とすることに貢献した。彼はまた、「遊戯(Spiel)」にも有用性を見いだしていた。遊戯は身体運動の原点であり、また心身の養生や労働の点でも効果的だと考えたからである。グーツムーツによる遊戯論は、彼の体育論同様、種々の遊戯をその活動特性および教育上の効能に即して分類し、体系化したところに特徴がある。これは、看過されてきた遊戯の実用的価値を提示し、効果的な利用を促す試みであると同時に、目的のない―あるいは、啓蒙的・市民的倫理観にそぐわない―遊戯を排除するものでもあった。従来の研究は、同時代に美や自由、想像力の観点から遊戯を称揚したシラーやジャン・パウルらの言説に注目してきたのだが、より教育現場に近い立場では、むしろ遊戯の社会的側面への期待が強かったのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画どおり、グーツムーツの遊戯論を中心に研究を進めることができたが、これを、同時代の思想家たちによる遊戯論とテクストレベルで詳細に比較して論じるところまでは至らなかった。また遊戯一般に関する先行研究の吟味や、グーツムーツの遊戯論が体育論とどのように関連しているかの検討も不十分であり、考察を深めることができなかったため、本研究を論文として発表するのは先送りとした。新型コロナウィルス感染拡大に対応した遠隔授業を急遽実施するにあたり、学科内での体制構築や授業運営に膨大な時間を費やさねばならず、研究に充てる時間を工面できなかったことが、その主たる原因である。 とはいえ、日本独文学会西日本支部第72回研究発表会での口頭発表および関連領域の研究者との意見交換をとおして、核となる考察結果の妥当性を確認することができ、またそれを論文にまとめる際に補完・修正すべき事柄も明確化できた。全体的な見通しは立っているため、今後はより速いスピードで研究を進捗させることができるであろう。
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今後の研究の推進方策 |
前年度までに行った研究を論文にまとめる。すなわちグーツムーツの体育論と遊戯論を関連付けつつ、その特質を抽出したうえで、同時代の教育思想(カント、ペスタロッチの啓蒙主義的観点、シラー、ジャン・パウル、フレーベルのロマン主義的観点)と比較し、18‐19世紀転換期ドイツにおける思潮の中でグーツムーツの業績を評価する。またその際、ホイジンガ、カイヨワ、ショイアールらによる遊戯の文化論にも目を配る。 本研究課題は〈ドイツ汎愛派の教育改革-「知」の社会的機能と「人間の使命」〉であるが、体育と遊戯とは、まさしく汎愛派の新しい教育思想を体現する画期的な教科ないし教授法であった。したがって、その歴史的意味を詳らかにすることが、本課題に関する研究全体を総括することになろう。具体的には、市民階級中心の国民国家へと変貌していゆくドイツに汎愛派が登場した意味と、「知」と「人間の使命」のとらえ方が汎愛派の体育と遊戯、そして労作教育をとおしてどのように変化したかを明らかにする。 汎愛主義体育に関しては、グーツムーツの後継者ともいえるF.L.ヤーンの『ドイツの民族性』(1810年)および『ドイツ体育術』(1816年)の検討を始める。その際、フィヒテが『ドイツ国民に告ぐ』(1807‐1808)で提示した「国民教育論」や、体操(Turnen)とイギリス由来のスポーツとの軋轢、N.エリアス/E.ダニング『スポーツの文明化』(1986年)も、考察に加える予定である。これにより、(次の課題として構想している)汎愛主義体育と20世紀初頭のいわゆる「ドイツ青年運動」との思想的連続性に関する研究への道筋をつける。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス感染拡大に伴い、予定していた学会出張および資料取集のための出張が行えなかったため。この分の予算は、(感染状況の改善が依然見通せないため)主として文献資料の収集に充てる予定である。
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