研究課題/領域番号 |
17K02644
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
戸崎 哲彦 島根大学, 学術研究院人文社会科学系, 教授 (40183876)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 王伯大 / 『朱文公校昌黎先生集』 / 『昌黎先生集考異』 / 『韓集舉正』 / 朱熹 / 方崧卿 |
研究実績の概要 |
現時点では以下の知見および推定を得た。 1、王本と『音釋』の相違。前年度の研究において『音釋』は王本旧注を大幅に補足している点を指摘したが、(1)『音釋』は文本あるいはその系統本を追加使用している。(2)注では魏本、祝本の輯注本から最も多く引用するが、それらに見えない“韓曰”とするそれら以上に詳細な部分があり、韓醇詁訓本に拠っている可能性がある。韓醇本は今日亡佚。(3)洪興祖『辨證』の引用で諸本中最も詳しい部分があり、直接それに拠っている可能性がある。『辨證』は早佚。(4)注では『文選』では李善注本だけでなく、五臣注本も使用し、字書は『廣韻』だけでなく、『集韻』も使用している。2、『全唐詩』本との関係。『韓集』版本研究では、宋刻本が現存しているために専らそれに拠って進められるが、清初の成立であるとはいえ等閑できない。(1)全唐詩本は王本に最も近くそれを底本としている。(2)他の「宋刻」も使用し、かつ校語も加えている。(3)現存の「宋刻」中では王本に次いで魏本に近いものが多いが、全同ではない。(4)したがって他の今日知られていない「宋刻」も使用している。 その他に南宋の成立の選本を対象に加えて進めた。 3、『方輿勝覽』も『韓集』ではないために等閑されてきたが、貴重な選本といえる。(1)宋本が現存しており、50篇近くも収録し、全文に及ぶ作も少なくない。(2)所拠本は祝本、魏本に最も近い。(3)ただし誤字を除いても完全には一致せず、その系統の別本であった可能性がある。 4、『文章正宗』も貴重な選本である。(1)宋元本が現存し、約70篇全文を収録する。(2)編者真德秀は朱子学の正統継承者であり、朱熹校定本を底本とする。(3)朱校本である王本に、注を含み、最も近く、それを底本としたと考えられる。(3)ただし王本および他の現存宋本とも異なる部分を有する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
1、今年度も昨年度に続いて『音釋』巻二六から、抄本の翻字、諸南宋本との対校・校訂、および引用書の対校を基礎として進め、さらにそれらを踏まえて正文・注文に関する考察と自説を箋註の形で加え、その作業は一応、最終巻である巻四〇に及んだ。 2、しかし新たに入手した大量の資料、南宋版本残巻三種によって、見直しを兼ねて巻一から再考を開始した。その資料は以下の通り。(1)中国(北京)国家図書館蔵『昌黎先生文集』(孝宗朝中期浙中刻本)#4924(存巻1至6,巻8、巻9);(2)『昌黎先生文集』(紹熙間江西刻本)#4924(存卷10)、(3)『昌黎先生文集』(ビン刻本)#4924(存巻11至16)。これらを『音釋』に即して文本、張本、方本、祝本、眉本、魏本、池本、王本、廖本の南宋刊本九種および『擧正』『考異』や『英華』『文粹』『文章正宗』、さらに『全唐詩』『全唐文』と対校していった。 3、さらに『考異』宋本の別本、魏本に附録されていた一本を入手し、また多く収録し、南宋本が現存する『方輿勝覽』にも注目し、これを加えて同じ諸本との対校作業を巻一から開始した。 4、新資料を追加した再考作業は、現時点で『韓集』全四〇巻の巻四の途中まで来ている。ただし『韓集』に対応する『音釋』では巻一〇(詩)までが大半であり、すでに『音釋』全体では三分の一に近い。ちなみに現在、加えた注は6,300条、本文を含み全体は109万字(すべて漢文)に及ぶ。 5、『韓集』に関わる、あるいは付随して派生した韓愈に関わる問題で、一定の知見を得たものは、国際学会(2回)で発表し、また論文(2本)を執筆して公開、さらに中国の学術雑誌に投稿(2本)した。
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今後の研究の推進方策 |
1、新たに入手した版本資料を追加して、基本的には昨年度と同じく、『音釋』の対校・箋註等の作業を中心にして残りの巻葉について展開する方法をとる。2、ただし未見にして対校必要であり、かつ閲覧可能なものが幾つか残っており。北京大学の所蔵本「臨江本残巻」は一部分、台湾故宮所蔵本「王本残巻」はごく一部分しか調査できておらず、ぜひこれらの二種を追加したい。なお、臨江本残巻は『書録』等によれば遼寧省図書館所蔵本が最も多く、北京大学所蔵本や中国国家図書館所蔵本と重複しない巻葉を含むと思われるが、図書館改修のため閲覧は困難である。北京大学図書館はすでに漏水に因る修復工事は完了しており、閲覧は可能であると聞く。台湾故宮所蔵本については時間と費用に余裕があれば渡航して調査したい。3、以上の作業を完遂した上で、王本を始めとする南宋諸版本の特徴とそれらの関係、さらには『音釋』・王本の系統である朱熹『考異』や方崧卿『舉正』との関係についても、全巻の正文・注文について、全体的に考察を加えていく。4、「宋刊『韓集』諸本存卷便檢表」の類の作成を、追加版本および『英華』『文粹』や『正宗』『勝覧』を加えて進め、完成させる。もって諸本中作品と外集・附録を含む全収録について、編次、缺巻葉、補配の有無など、現状と諸関係を一覧できるように工夫する。5、最終的には、考察全体の表記の統一を図って見直し、補足・訂正を加えた上で、学術書として出版できるような形を目指して完成させ、日本あるいは中国で出版助成金を申請したい。6、前年度と同様に、『韓集』に関わる、あるいは付随して派生した韓愈に関わる問題で、一定の知見を得たものは、国際学会等で発表し、あるいは論文を執筆して投稿したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度の2018年11月に、翌年3月に開催予定の学会(中国永州)の招聘状を受け取るに至り、それに参加すべく、主に出張旅費として前倒し支払請求をしたが、本年の2月(前年度)に至って主催者側から、会場となる新設の博物館の工事が開催予定日に間に合わず、5月(本年度)に延期するとの通知を受けた。このことによって前倒し支払請求が残余することとなったが、本来は本年度の予算であって、本年度にさし戻して実行することになる。今回は予定通りに開催されるはずであり、参加のための論文はすでに2月に書きあげており、加筆して提出したところである。
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