科挙は、家柄に由らず、広く人々に出世の機会を保証する官吏登用制度であったが、極めて大きな心理的負担を受験者及びその家族に要求した。本研究は、宋代の物語文学を検討することで、当時の人々が科挙の心理的圧力を、未来を開示する夢占いに依拠して解消しようとしたことを明らかにし、さらに、『夷堅志』という架空の小説文芸として扱われている作品群が、当時の人々の集合的な心理を反映するものとして分析可能であることを明らかにした。さらに進んで、唐代における科挙落第をテーマとした詩歌の分析によって、唐代の人々が落第という挫折体験を心理的にどのように解決しようとしたのかを明らかにした。本研究期間中、欧米の研究動向について、「ベンジャミン・A・エルマン「感情的苦悶、成功への夢、試験生活」」(『帝政後期に置ける科挙の文化史』第6章)を翻訳し、『人文学科論集』(鹿児島大学法文学部紀要)に公表した。また、定期的に研究会を開催し、金代の物語集『続夷堅志』の分析を行い、その成果を「『続夷堅志』訳稿(一)-(四)」(『鹿大史学』)として発表した。科挙制度と漢語史との関係を論じた平田昌司著『文化制度和漢語史』(北京大学出版社、2016年月)について、「書評:平田昌司著『文化制度和漢語史』」(京都大学中国文学会,中國文學報,90巻、2018年04月)を公表した。また、南宋・洪邁『夷堅志』、金・元好問『続夷堅志』についての研究成果について華南師範大学で講演(「故事在科挙社会的作用与意義」2019年03月)した。また、唐代における科挙落第をテーマとした詩歌についての研究成果を「科挙と文学―唐宋の下第詩―」(日本宋代文学学会2020年11月7日)として学会発表し、その一部を「唐代の下第詩―他者への慰めという観点から―」(『九州中国学会報』59号、2021年05月)として発表した。
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