研究課題
先年度に引き続き、Jagatprakasha Malla王(以下JPMと略)が古典ネワール語で著した歌詞集をネパール国立古文書館所蔵の写本を基に解読した。また、JPM王が、親友Candrasekhara Gupta(以下CSと略)の死を悼んでサンスクリットおよびミティラー語で著した挽歌集Gita-pancaka、ミティラー語で著した戯曲『マーラティーとマーダヴァ』、ネワール語戯曲『怪盗ムーラデーヴァと相棒シャシデーヴァ』を用いて、JPM王と廷臣CSの極めて親密な関係性について分析した。JPM王がCSを追悼する際に用いる表現は、多くの歌詞において、女性から男性への慕情を述べる恋歌の形式を取るが、これらの、時にエロティックな愛情表現が、どの程度現実を反映するか、あるいは乖離するか、を突き止められるような決定的な判断材料は、テキストには残念ながら見いだせない。インド中世詩において、宮廷詩人が主君を褒めたたえる際に、恋愛詩の形式を採用し、敬慕の情を詠うことはよく見られるが、JPM王の歌詞群においては、逆に主君が亡き廷臣に対する慕情を詠みあげており、珍しい例である。ただし、男性間の盟友関係を、婚姻と同等の儀式によって締結し、それを恋愛詩の形式で詠う習慣は、中世ヨーロッパにも広く見られ、それとの比較は比較文化研究の意義あるテーマとなろう。いずれにせよ、JPM王の母語ネワール語による執筆活動はネワール語による戯曲群が出現する最初期の特筆すべき事件であり、友の死に対する悲嘆という個人的感情が、ネワール語による民族アイデンティティの表出・明確化の一つの強い契機となっていたことは、世界諸民族諸言語の文学を見渡しても珍しく、大変興味深い事象である。
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南アジア古典学
巻: 17 ページ: 179-187
Bhabanagar
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Orientalistische Literaturzeitung
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