本年度は、昨年度得られたヒンディー語と中国語のデータを総点検し、理論的観点から分析を行い、最終的な目標である他動性の理論構築に向けて研究を進めてきた。データ分析と理論的助言のために、海外研究協力者の柴谷方良教授(ライス大学、神戸大学名誉教授)とは必要に応じて何度も打合せを行い、議論を重ねてきた。また中国語については、特にバ構文の成立を中心に、木村英樹教授(東京大学名誉教授)と二回ほど直接面談し、その後もメールを通して議論を交し、有益な示唆を得ることができた。 ヒンディー語と中国語のデータが示唆するのは、他動性の分野において最も影響力のあるHopper and Thompson(1980)の「他動性プロトタイプ」および、客観的(数値的)に他動性を測る方法を考案し、「他動性の顕著性」を提案したたHaspelmath(2015)のいずれも、本研究が採集したデータを包括して説明するには限界があることを指摘するものであった。特にヒンディー語と中国語は直接目的語に(有標と無標の)二つのマーカーが用いられるが、これは近年類型論の理論研究で活発に議論されているDOM(defferential object marking)と関連があり、その観点から両言語のメカニズムを明らかにする必要がある。ヒンディー語の分析からわかったのは、この言語ではDOMが二段構えのシステムで動いていること、そしてそこには他動性の要素だけでなく、名詞句階層が関わっていることである。この発見は本研究の大きな成果である。 本年度は理論構築に大部分の時間と労力を割愛したため、残念ながら公刊論文はまだない。未公開の研究成果として「ヒンディー語における他動格フレームと他動性階層」(投稿準備中)pp.1-41.と「中国語のバ構文と他動性プロトタイプ:DOMの観点から」(執筆中)があるが、来年度から徐々に公刊していく計画である。
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