研究課題/領域番号 |
17K02682
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
町田 章 広島大学, 総合科学研究科, 准教授 (40435285)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 認知文法 / 間主観性 / グラウンディング / 省略 / 自己の客体化 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,Langackerの認知図式では十分に記述しきれない共有志向性に基づく事態把握の認知モデルを提案することにある。基本的にLangackerは間主観性について,話し手である認知主体が他者を客体として見るのと同様に,その他者も話し手を客体として見るという相互認識のあり方に基づいて成立すると考えている。これを対峙型間主観性と呼ぶことにすると,本研究では話し手が他者の視点を自己に同化(assimilate)させることによって成立する同化型間主観性が存在することを主張し,それが明示型グラウンディングと非明示型グラウンディングの差異を生み出すと提案した。そして,話し手と聞き手の共同注意が深く関与している,いわゆる‘省略現象’が頻繁に見られる日本語のような言語を正しく記述するためには,この同化型間主観性を積極的に事態把握モデルに組み入れていくことが必要であると提案した。 本年度は日本英語学会第36回大会(横浜国立大学)と第9回認知文法研究会(大阪大学)で口頭発表を行った(日本英語学会「事態把握様式における他者-認知文法から見た2つの間主観性-」,認知文法研究会「グラウンディングシステムからみた認知類型論の試み」)。これらの発表において,聞き手の認知的スタンスが話し手に同化されてしまうようなコミュニケーションのあり方と言語表現の関係を認知図式を用いながら明らかにすることを試みた。また,本研究と関連して日本言語学会第156回大会(東京大学)において口頭発表を行った(「制御不能感と日本語被害受身-周辺事例から見えるもの-」)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までの研究で,間主観性には以下の二種類があることが明らかとなり,この類型がいかに示すように,二つのグラウンディングのあり方を動機づけていることが明らかとなった。 ①対峙型間主観性:話し手が他者の視点(意識)をシミュレート(simulate)することによって成立する間主観。②同化型間主観性:話し手が他者の視点を自己に同化(assimilate)させることによって成立する間主観。③明示型グラウンディング:対峙型間主観に基づき話し手と聞き手の主観を調節する。聞き手の意識や理解を調整・修正するために明示的なグラウンディング要素(冠詞など)が必要。④非明示型グラウンディング:話し手の主観=聞き手の主観となる同化型間主観に基づくため両者の主観を調節する必要性がない。そのため、明示的なグラウンディング要素は不要。 また,上記の提案を分析する過程で,認知主体の自己の客体化には認知主体の「内なる視点」に基づくものと「他者の視点」によるものの二種類があることが明らかとなった。前者は,自分の体験を内省することによって自己を客体視することであり,後者は,他者から自分がどのように見えているかを意識することによって自己を客体視することである。 そして,本年度では,Langacker (2017)の枠組みを採用したうえで,上記のような類型を反映した認知図式による言語表現の記述を提案した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究により,間主観性には二種類あることが提案され,この間主観性の類型がグラウンディングシステムの類型にもつながると主張してきたが,今後もこの研究を継続的に行うことにより,ゼロ代名詞,主体的把握,無冠詞,無格助詞などの名詞周辺の現象の詳細な記述と説明を行っていく。特に,間主観性の類型は二者択一ではなく中間段階も認められることから,この二つの間主観性の特徴をさらに詳しく検討する必要がある。また,研究過程で発見された二種類の自己の客体化についてもさらに詳しく検討していく必要がある。特に,身体部位の明示化(e.g. 「痛い!」「足が痛い!」)や自己言及表現(e.g. 「私」「俺」「自分」)などを生み出す自己の客体化には「内なる視点」と「他者の視点」が深く関わっていると考えられ,これが廣瀬・長谷川(2010)の「私的自己」「公的自己」とどのように関わっているのかを検討しなければならない。また,これまでは,名詞の周辺現象に関して間主観性の観点から検討してきたが,当然の疑問として,述語のグラウンディングシステムはどうなっているのかについても明らかにしなければならない。
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