研究課題/領域番号 |
17K02696
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研究機関 | 新潟リハビリテーション大学(大学院) |
研究代表者 |
氏平 明 新潟リハビリテーション大学(大学院), 医療学部, 客員教授 (10334012)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 中国語の吃音サンプル / 名古屋方言の吃音サンプル / アクセント / 声調 / プロソディ / 吃音の発話症状への介入モデル |
研究実績の概要 |
今年度の研究はコロナの影響で停滞した。一つは中国語話者吃音サンプルの収集が中国への渡航が制限されたため大きく滞った。もう一つは研究成果発表の機会が国内・国際学会の中止と延期等で失われた。前者は当面の代替措置として、吃音サンプルの提供先からサンプル録音を送付してもらう交渉をした。試験的に2件のサンプルが送られてきたが、仲介者の誤解があって、転写に問題があり、現在その調整に取り組んでいる。後者は第15回音韻論フェスタと12th Oxford Dysfluency Conferenceで2件とも発表とプレゼンテーションの審査は通過していた。これまでの研究で収集した名古屋方言話者9名の吃音サンプル153例と中国の北方方言話者2名の382例の吃音サンプルをプロソディと非流暢性生起位置との関係に着目して分析した。これらは非流暢生起の引き金となる音声の移行や音節構造に関わるものを除外して分析したものである。日本語と中国語の吃音で共通な傾向は、非流暢性の生起位置より1音韻単位先にアクセント核や難易度が高い声調が位置する発話例が有意に多数を占めた。また、いずれも本来の形から複雑な変化を要求される名古屋方言の複合語アクセントや中国語の声調変化で吃音が多発していた。これが音韻論フェスタ用の発表内容だった。Oxfordの国際学会用ではこれに英語の吃音サンプルの分析を加えて、プロソディが引き金となる非流暢性の生起率を統計的に分析した。全非流暢性中、英語が34%、中国語が38%、日本語が17%であった。日本語が少ないのは、東京や京阪の方言ではアクセント核のない平板型が約半数を占めるからである。2021年度の研究期間の延長を有効に生かして、中国語の吃音を数量的に充実させ、またこれらの成果をアセスメントとセラピーに生かす手順を模索したい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
名古屋方言と京阪方言と東京方言のアクセント型の相違が発話の非流暢性生起に関係するかどうかを、それぞれの吃音サンプルで、非流暢性の生起位置とアクセント型を調べた。名古屋方言特有の「遅上り」が複合語アクセントに適用されるとき、語頭モーラが異なるピッチで繰り返す非流暢性が生じる例があった。これは複合語の前部要素の語のアクセント型とそれとは異なる複合語アクセントとの込み入った処理に戸惑った結果と考えられる。このような非流暢性は京阪方言や東京方言では生じない。したがって吃音は方言で背景が異なる非流暢性を含んでいる。同様な傾向が中国語吃音でも見られ、特殊な環境で声調の型が変化する声調変化で非流暢性が生じる。語頭に第3声が連続するような場合で、通常なら語頭の第3声が第2声に変化しなければならない。ここで吃音者には声調が異なる語頭音節の繰り返しが生じる例がある。手元の中国語の吃音サンプルの対象人数が不足なのでそれを補うために、中国各地の吃音矯正施設と交渉を試みた。 その結果、中華人民共和国河南省鄭州の二つの吃音矯正学校(煥錦口吃矯正中心、鄭州口吃矯正中心)が学術交流を介して吃音サンプルの提供を承諾した。それで2019年度に成人約20名の中国語吃音サンプルを現地で録音収集する予定であった。ところが鄭州に赴く交換の用意と段取りが整った出発間際に、河南省に隣接する湖北省武漢でのコロナの報が入り、直接的な交流はコロナが落ち着くまで延期となった。その後しばらく中国との交信が途絶えていたが、2020年の秋ごろからまた音信が再開となり、直接の交流は当分できないが、吃音サンプルは学校が録音し、仲介者が転写して日本へ送付可能ということになった。しかし仲介者の誤解があって録音の音声と転写に一部乖離があったので、現在その誤解を解消する努力をしている。
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今後の研究の推進方策 |
鄭州の吃音矯正学校の仲介者の誤解(吃音の非流暢性の形態よりも心理的な態度を重視していること)を解き、吃音矯正学校から送付予定の吃音サンプルの録音を可能な限り多く取り寄せる。7月末までに収集できた人数分のサンプルを、夏休みに連携研究者の東京外大の花薗悟氏を介して東京外大の中国人留学生の院生に非流暢性部分の転写の確認を依頼する。並行して以前この種の研究に協力した長春理工大学の院生にも依頼する。資料のreliabilityを確保するためである。記述は研究代表者と連携研究者で行う。これが9月末までに完成さす予定である。この間並行して中国吃音サンプルのデータベースをより充実させる。名古屋方言の吃音のサンプル数も増やす。10月11月で、去年12th Oxford Dysfluency Conferenceに投稿した研究の枠組みで、英語、日本語、中国語のプロソディに着目した発話の非流暢性の研究をより豊富な吃音サンプルを背景にして完成させる。12月にかけて日本語と英語で論文化し英語はnative checkを入れる。2021年度中に国際会議または定評ある学会誌に研究発表又は論文投稿する。 これまでの研究から、発話の非流暢性の引き金となる音声の移行や音節構造そしてプロソディが明らかになっている。それらを用いての吃音の発話症状に介入して非流暢性の生起頻度を減少させ、吃音をより緩和させるセラピーモデルの枠組みが、代表者の研究でほぼ完成している。その方略は、易から難への発話を訓練して、音声プランから運動中枢への伝達回路の活性化を目指すことである。これについては8月から連携研究者の国リハ学院の坂田善政氏と福岡教育大の見上昌睦教授の協力の下にそのモデルの詳細を完成し、9月以降坂田氏と見上氏の数か月の臨床試験を通して、その効果を確かめ、成果をまとめる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は二つある。一つは英国のOxfordで5日間の開催予定であった12th Oxford Dysfluency Conferenceが、国際的なコロナ流行の影響で延期かつzoomによるポスター発表に縮小されたため、滞在費、参加費、渡航費用が不要となったためである。この国際学会では審査が通り本来は口頭発表予定であったため、反響が期待できないポスター発表には転用しなかった。もう一つは中国河南省鄭州での二つの吃音矯正学校(煥錦口吃矯正中心、鄭州口吃矯正中心)への学術交流と中国語吃音サンプル収集が、隣接する湖北症武漢での新型コロナの発症時と重なり、その費用が浮いたためである。この中国語吃音収集計画には連携研究者と通訳、ガイドを伴い、複数の学術交流の礼金と収集並びに転写等の謝金を含み、1週間余の旅程で約100万円の経費を見込んでいた。
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