研究課題/領域番号 |
17K02700
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研究機関 | 南山大学 |
研究代表者 |
青柳 宏 南山大学, 人文学部, 教授 (60212388)
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研究分担者 |
中嶌 崇 富山県立大学, 工学部, 准教授 (80288456)
高橋 英也 岩手県立大学, 公私立大学の部局等, 准教授 (90312636)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 形態・統語論 / 階層的動詞句 / 使役 / 受動 / 可能 / 韓国語 / エ入り / 形容詞派生動詞 |
研究実績の概要 |
H30年度は3つの研究課題を以下のように進めた。 青柳(研究代表者)の課題A(日韓対照研究)では、階層的動詞句仮説をさらに検討し、外項を導入する機能範疇としてVoice、Cause、Applicativeの3つを認める必要があるという仮説を補強し、(i)ApplicativeにはVoiceより高い位置を取るものとvPより低い位置を取るものがあり、(ii)CauseにはRoot、vP、VoicePをそれぞれ選択するものがあることを日本語の二重補部非対格構文、韓国語の使役・受動形態素/Hi/及び使役形態素/Hu/の分布から示した。 高橋(研究分担者)の課題B(日本語方言研究)では、岩手県宮古方言の可能表現に見られる「(小学生はこの漢字を)読めえない/yom-e-e-nai/」のような「エ入り」形式が状況可能の文脈におけるラサル形式とは対照的に専ら能力可能を表すという問題を検討した。特に、可能動詞化素/rare/を構成する2つの形態素(r)arとeがそれぞれ独立した機能範疇主要部であるとの仮説に基づき、動詞の表す行為における動作主の意図性・制御性を表す[+Control]と事象の完遂とその影響性を表す[+Completive]という2つの素性の分布とそれらの素性に対する語彙挿入規則が連関し、「エ入り」の成否にかかる方言上の多様性が生じることを示した。 中嶌(研究分担者)の課題C(日本語通時研究)では、(i)形容詞語根を持つ述語の統語的特性を解明し、(ii)多層的述語分離理論の妥当性を検討した。前者では「痛かった/ita-k-ar-ta/」と「痛がった/ita-g-ar-ta/」の派生関係を示し、後者では素性的に空である「空語根(√R=zero)」を想定することにより、空語根がVoicePを補部に取り、通常の動詞語根と形式的に相似した「係属述語」を投射するとの仮説を提案した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H30年度はそれぞれの研究課題において先行研究にはみられない進展があったので、本課題研究は全体として概ね順調に進展しているといえる。 課題Aにおいては、階層的動詞句仮説を基に、(i)二重補部非対格動詞(e.g.太郎に(失くした)荷物が戻る)が、なぜ3項他動詞のうち、位置変化動詞(e.g.太郎に荷物を送る)ではなく所有変化動詞(e.g.太郎に荷物を戻す)とのみ派生関係にあるのか、さらに、なぜニ格句が主語性を部分的にしか示さないのかを明らかにし、(ii)なぜ日韓語で動詞多重接辞(例:使役受動形/sase-rare/は日本語では可能だが、現代標準韓国語では不可能)の生産性に差があるのか、また、韓国語の/Hi/形接辞と/Hu/形接辞の分布の違いがそれぞれのCauseとしての選択制限の違いから導かれることを示した。 課題Bにおいては、宮古方言のようにラサル形式と「エ入り」形式が共存しうる方言において、(i)前者が状況可能をも表しうるのに対して、なぜ後者が能力可能しか表せないのか、(ii)同様に「エ入り」を許す他の方言についても、動作主の意図性・制御性を表す素性と事象の完遂性・影響性を表す素性、及びそれらの語彙化に関するパラメターの設定の違いから説明できる可能性を示した。 課題Cにおいては、(i)今まで指摘されていなかった形容詞語根と動詞の関連性(「痛かった/ita-k-ar-ta/」「痛がった/ita-g(k)-ar-ta/」)を明らかにし、(ii)空語根 (√R=zero)と係属述語を想定することで、より広い領域で多層的述語分離理論(Layered Predicate Decomposition)の応用が可能になり、結果として、空語根の存在が使役形態素(s)ase及び受動形態素(r)areで観察される最初の任意のs/rが現れる位置として確認できることを示した。
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今後の研究の推進方策 |
本課題研究の最終年度に当たるR1年度は、それぞれの研究課題をさらに推進し、まとめを行う。 課題Aは、(i)日本語で使役受動形/sase-rare/が可能になった一方で韓国語でそれが不可能になった歴史的事実、すなわち文法化の違いを階層的動詞句仮説から明示的に説明する、(ii)授受動詞について、日本語ではヤル(アゲル)、モラウ、クレルのすべてが補助動詞に文法化したのに対して、韓国語ではクレルに当たる動詞が存在せず、かつ、モラウに当たるpat-taは補助動詞には文法化せず、ヤル(アゲル)に当たるcwu-taのみが限定的に文法化しているという事実を階層的動詞句仮説の下で説明することを目指す。 課題Bでは、引き続き宮古方言及び他方言における「エ入り」形式のデータ収集と分析を行い、H30年度の研究結果にフィードバックすることで、必要に応じた再考や修正を行う。同時に、ラサル形式、アル属性可能形式、ラ抜き言葉、レ足す言葉、そして「エ入り」形式といった、本課題で検討してきた多様な可能動詞の様相について、階層的動詞句仮説における形態統語論という観点の下で統合することを目指す。 課題Cでは、空語根 (√R=zero)と係属述語の仮説の普遍性を検討する。もし空語根と係属述語の仮説が正しければ、日本語と類似した統語構造を持つ言語でも類似した現象が観察できるはずである。また、日本語内部でも方言には係属述語の異形態が生じ、保持されている可能性がある。これらの予測を検証するためには、韓国語(青柳担当)、(東北)方言(高橋担当)等のデータとの突き合わせが欠かせない。また、通時的には、空語根の使用は機能述語としての(s)ase/(r)areを完成形に導いたと考えられるので、それ以前のシム・ラユ及び動詞の自他交替現象との関連も重要な研究課題となる。これら文法現象の発展過程の体系的解明を試みたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
R1年度は本課題研究の最終年度に当たり、成果発表のためのワークショップ等を開催するため、研究費の85%は研究代表者(青柳)につけ、研究分担者(高橋、中嶌)への配分額は少ない。そこで、研究分担者2名はそれぞれH30年度の分担金をR1年度に持ち越し、研究発表のための旅費や図書資料の購入に充てる計画である。特に、中嶌は7月にマカオでの国際学会(TEAL12)で発表することが決まっており、旅費を必要としている。
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