研究課題/領域番号 |
17K02723
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研究機関 | 愛知教育大学 |
研究代表者 |
田村 建一 愛知教育大学, 教育学部, 特別教授 (90179896)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ルクセンブルク語 / 表現の対照 / する型・なる型 / 無生物主語他動構文 / 知覚構文 |
研究実績の概要 |
本研究1年目と2年目には『星の王子さま』の原文とヨーロッパ諸語への翻訳版の比較に基づき、表現類型における「する型」の主たる特徴である知覚構文と無生物主語他動構文の使用頻度について調べ、ルクセンブルク語(Braun訳)とロシア語では、西欧諸語と異なりこれらの構文の使用が非常に少ないことを明らかにした。 3年目の本年度は、『不思議の国のアリス』に基づき無生物主語他動構文に関する多言語間の比較を行った。分析の対象としたのは、原文の英語以外に、フランス語、ポルトガル語、オランダ語、ルクセンブルク語、ドイツ語(3種類)、ロシア語(3種類)であるが、この作品においてもルクセンブルク語訳では無生物主語他動構文の使用が非常に少ないことが明らかになった。ロシア語に関しては、3種類の翻訳のうち2種類ではこの構文の使用が多かったが、普及版であるDemurova訳ではルクセンブルク語と同程度の少なさであった。この研究結果は、愛知教育大学の紀要にドイツ語で発表した。 本年度(2019年)9月末からの二週間ルクセンブルクに滞在し、それまでの研究成果をルクセンブルク国立文学センターの研究員に紹介し、それに対する意見を聞いたり、ルクセンブルク語の個々の表現の疑問点について教示していただくことができた。また、滞在中にいくつかのフランス語、ドイツ語による文学作品やそのルクセンブルク語訳を入手することができた。 文学作品の分析は、対象とする言語数を絞る形で『マクベス』とプロイスラー『大どろぼうホッツェンプロッツ』(ドイツ語)についても行い、ルクセンブルク語訳においては原文の無生物主語他動構文の約半数程度が他の構文に変換されることを確認した。この研究結果については、日本独文学会東海支部冬季研究発表会で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では現在、「する型」表現類型の代表例として無生物主語他動構文に焦点を当てて、他のヨーロッパ諸語との比較をとおしてルクセンブルク語の特徴を探っているが、文学作品の表現には作者あるいは翻訳者の言語観や文章観が反映されることも充分に考えられるので、個人の特異性に左右されないためにできるだけ多くの作品を分析することが求められる。ただし、多くの言語を比較しようとすると、どうしても分析対象の作品が限られるため、現在までに『星の王子さま』と『不思議の国のアリス』の2作品に関する研究成果しか論文としては公表できていない。しかし、いずれもドイツ語で書いているので、欧米のこの分野の研究者に向けて発信をしたといえる。 本研究で行っている多言語間での対照研究の特徴として、ゲルマン諸語やロマンス諸語とは異なる言語構造をもつロシア語も分析の対象に加えていることが挙げられる。この多言語間の対照としては、『長くつ下のピッピ』のスウェーデン語原文と4種類の翻訳(英語、ドイツ語、ルクセンブルク語、ロシア語)の分析も行った。この作品の原文における無生物主語他動構文の使用は12例と他の作品に比べ少なめであったが、ドイツ語、ルクセンブルク語、ロシア語の翻訳においてはその約半数が他の構文に変換されていることが確認された。また、英語訳においては原文の該当箇所すべてを無生物主語他動構文のままで訳していることがわかり、英語が「する型」表現を使用する傾向が強いことを裏付けることができた。この研究結果は次年度中に公表する予定である。 これまでの研究からルクセンブルク語が他の西欧諸語と比べて無生物主語他動構文の使用が少ない言語であることがわかったが、どのような内容の文に関してこの構文が回避される傾向にあるのかという点を明らかにするまでにはまだ至っていない。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究から、英語やフランス語、ポルトガル語では、知覚構文や無生物主語他動構文といった「する型」表現が多く用いられるのに対し、他の言語、特にルクセンブルク語とロシア語ではこれらの構文が回避される傾向が見られることがわかった。今後も文学作品を中心に無生物主語他動構文の訳し方の分析を進め、ルクセンブルク語訳においてこの構文が回避されやすい文がどのような内容をもつのかを、特にドイツ語との対照に焦点を当てて明らかにしたいと考える。 これまで分析した作品の中で、上述のように『大どろぼうホッツェンプロッツ』の無生物主語他動構文の約半数がルクセンブルク語訳では他の構文に変換されることを確認したが、この作品の翻訳者(Jeanny Friederich-Schmit)は、『アンネの日記』もドイツ語版からのルクセンブルク語訳を行っており、20例ほど確認した限りでは、そこではこの構文がそのまま直訳されている。同じ翻訳者であっても、片や奇想天外な物語、片や現実の叙述と考察という作品の性格によって異なる翻訳姿勢を採っていると思われる。そのため様々なジャンルの作品を分析することが必要である。 ただし、子ども向けの文学作品以外にルクセンブルク語に翻訳された作品は少ないので、ジャンルによる構文の違いを探るためには、ルクセンブルク語によるオリジナルな作品やメディア(特にDageszeitungというウェブ版日刊紙)における報道記事や解説記事も分析の対象とすることも視野に入れたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度予算には、前年度に予定されていた現地調査ができなかったために生じた予算の余剰分も含まれていたが、現地調査(ルクセンブルク)のための国外旅費、学会発表のための国内旅費、対照言語学の専門書とドイツやルクセンブルクで刊行された文学作品の購入に予算を使用する予定であったのが、以下の理由で使い切ることができなかった。 まず、現地調査で会見できたルクセンブルク国立文学センター所属の研究員たち(その中の一人は作家でもある)とはすべて勤務先での会見であったため、謝礼は必要なかった。また、国内での研究発表は中京大学(名古屋)で行われたため、国内旅費を使用しなかった。多くの予算を文献収集のために使うことができたが、購入すべき文献の選択に時間がかかり、年度内での購入に間に合わなかった。 したがって次年度は、調査が及ばなかった最新のルクセンブルク語に関する文献の購入に予算を充てる予定である。
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