研究課題/領域番号 |
17K02725
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
岸田 文隆 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (30251870)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 対馬宗家文書 / ハングル文書 / 小田幾五郎 / 異国船一件 |
研究実績の概要 |
本研究においては、江戸中期から明治初期にかけて分布している日朝往復ハングル書簡類を網羅的に収集し、翻刻・和訳・文献言語学的考察を付したデータベースを構築する。日朝往復ハングル書簡類は、従来公開がなされていなかったため、また、各地に断片的に伝わっていたため等の理由により、その全貌を把握することが困難であったが、近年の資料公開の機運に乗じ、網羅的な調査・分析を企図するものである。このデータベースは、朝鮮語史のみならず、日朝関係史などの研究にも有用な情報を提供するものと考えられる。 今年度は、江戸後期の著名な朝鮮語通詞であった小田幾五郎の編と推測されるハングル書簡集「片紙集」の翻刻・和訳・文献学的考察をおこなった。当該資料は、小田幾五郎の子孫である大浦家の鍵屋歴史館に所蔵されるものであるが、小田幾五郎が通詞として活躍した18世紀末ころにやりとりしたと見られる全73通のハングル書簡が収められている。その中には、釜山倭館に滞在中の小田幾五郎が対馬に帰郷した先輩格の朝鮮語通詞、今津儀三郎(儀之介)に送った書簡の案文とその返書など、極めてめずらしいものがあり、今後の大いなる調査・研究が求められる。就中、特記すべきものは、東莱境龍塘浦口に到来した異国船について報告するハングル覚書である。これは、寛政9年(1797)のいわゆる異国船一件に関連したもので、韓国国史編纂委員会所蔵「異国船一件記録」[記録類4986]などに採録されている寛政9年(1797)8月29日に訓導崔国禎(華彦)・別差朴致儉(景和)が発出した漢文覚書と同内容のものである。これらハングル・漢文両覚書を比較することによって、日朝交通の現場において江戸中期以降に徐々に出現するようになったハングル文書の性格を明らかにすることができ、それがもともと用いられていた漢文文書からの派生的産物にほかならないことがわかる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍により韓国国史編纂委員会所蔵の対馬宗家文書などの調査出張を実施できなかったため。
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今後の研究の推進方策 |
コロナの感染がおさまり、調査出張が可能になれば、精力的に資料調査をおこないたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍により計画していた韓国への調査出張を実施できなかったため。
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