研究実績の概要 |
中国語北京方言の「r化音」の歴史と現状について,多くの先行研究はあるが,その具体的発音はまだ安定しておらず,変化の途中にある,というのが共通の認識である。その中で,5つの「韻」において「合流/分流」の方向に相違があると指摘されてきた。 「普通話」の普及や北京在住者の出自が多様化した今日において,1950,1960年代生まれの「老北京人(祖父母の世代から北京在住,以下OE)」と同「新北京人(両親の世代から北京在住,以下NE)の間に発音の相違はあるのか。また,OE,NEの子女であるOY,NYの発音が親の世代とどのような相違があるのか。なお,先行研究で指摘された北京r化音の2種類「融合型=単純母音型(r音の要素が先行音節に潜り込み,先行母音と一体化したもの)」「付属型=重母音型(先行母音の後にr音を添加するもの)」の調音的特徴はどんなものなのか。 以上の疑問を明らかにするため,本研究は北京市内7区のOE(30名),NE(25名),OY(29名),NY(24名)を対象に録音・質問紙調査を行い,またOE/OY/NYの各1名を発話者としてMRI動画撮像を行った。 MRIによる調音動態研究の結果,r音の調音は「舌背持ち上げ型,Bunched R」もあることが分かった。これまで中国語r音の調音方法は「舌尖持ち上げ型,Retroflex R」しか報告されていないので,今回の発見はr音調音方法の普遍性の証拠を提供し,調音音声学上大きな意義をもつと思われる。 発音調査の結果,北京語では「花発,中東」等の16/37の韻母での分流/合流は未だに変化の途中にあること,若い世代の発音にr化音の弱化・減少がみられた半面,方言語彙の発音の強い生命力も確認されたこと,-ngrにおける「鼻音脱落」は現時点では優勢を示しているとは言えず,今後分流/合流のどちらの方向に転じるかの予測も困難である,などが結論である。
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