研究課題/領域番号 |
17K02753
|
研究機関 | 京都産業大学 |
研究代表者 |
矢放 昭文 京都産業大学, 外国語学部, 教授 (20140973)
|
研究分担者 |
関 光世 京都産業大学, 外国語学部, 教授 (50411012)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 英粤対音資料 / 華英通語 / 狩野本 / 音訳漢字 / 非(脱)鼻音声母 / 徐志摩 / 被動句 / 歐化語法 |
研究実績の概要 |
研究実績論文は2本である。代表者の論文「「英粤対音資料」と二三の歐化前史現象」(『京都産業大学総合学術研究所所報』第12号、pp.1-13.H30年7月発行)は、アヘン戦争(1839-41)後に出現した「英粤対音資料」所収の音訳漢字による、漢字の性格を活用した英語音表示法の特徴の中国英学史上の価値、さらにこの漢字活用法の創出が次の時代の歐化語法産出の予兆であることを論じている。広東十三行の交易独占が解かれ参与者が増加したこと、交易の場で英語音が重視されたことも間接要因として想定されるが、英語音習得が英学知識の希求・獲得と、次の時代の歐化語法産出につながったことも述べている。 分担者「徐志摩翻訳作品語言的歐化程度再探-以被動句為例-」(『京都産業大学総合学術研究所所報』第12号、pp.15-23.H30年7月発行)は、徐志摩(1897-1931)の翻訳文体における被動文の特質について、著者の先行業績の論拠に新たな視点を加え、業績の完成度を補強した論文である。 研究発表は代表者が、2017年12月8~9日に香港教育大學で開催された第二十二屆國際粤方言研討會(「《華英通語》〈狩野本〉對音字的方言特色」と題して行った(9日、14:25-50)。1855年刊行の東北大学狩野文庫所蔵《華英通語》が収録する英粤対音字の、粤語史上及び中国英学史上の価値についての発表である。 特に、音節語頭音の顕著な特色として析出できる非(脱)鼻音声母の音韻特徴が粤東地域に報告されている四邑方言及び中山方言の特徴に符合する点、さらに同対音字群の内、果攝一等字が表記する英語強音アクセントに関して、その用例の趨向を統計集約した結果、高低二音のうちの「高平調」に配される事例が圧倒的に多い事実を報告するとともに、現代粤語音より溯り粤語史上のアクセント変遷を再構成する際の一つの根拠となり得ることも報告した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
代表者は平成29年度の計画に基づき『英語集全』収録の粤語文体について、その語音・語法特徴と歐化語法情報を纏め分析の第一段階を終えている。申請時に計画していた粤語版『天路歴程(正・続)』の文学言語文体が内包する歐化語法現象研究については、文言文版と粤語版の対照テキストを完成させ分析を進めている。但し、官話版の入手を未だ終えていないため、三者テキストを対照させる総合的研究を進めることが出来ていない。進捗状況が遅れている直接の理由はこの点にある。なお、入手出来なかった理由は代表者自身の日程調整不足という個人的事情にもとづく。 分担者は、H29年夏、ロンドン滞在時期の老舎(1899-1966)の英語・英文学習得事情について最初の調査を終えている。老舎の文学作品についての研究は極めて豊富であるにも拘わらず、その成立に大きく刺激を与えたと推定できるロンドン滞在時期の英語・英文学吸収時期の事情については、従来殆ど報告されていない。その空白を埋めることも分担者の大きなテーマである。但し、SOAS図書館での調査結果では、時間の制約もあり、想定に反して、関連資料を探し出すことが出来なかった。 また分担者は「歐化語法」現象の特色の一つとして、徐志摩文学言語に見える被動文上の歐化現象についてすでに三篇の業績を挙げており、研究幅の拡大を目的として近代日本語の「被動文」における「歐化語法現象」研究(例えば金水敏1991「受動文の歴史についての一考察」『國語学』164集、pp.1-13)の成果吸収をも試みているが、精密で説得力に富む研究成果を獲得するには至っていない。この点は当初の研究計画作成時点では予測不能の、把握出来なかった事由に由来する。
|
今後の研究の推進方策 |
H30年度には、代表者はH29年度未調査部分であった書面粤語(白話)聖書類の文体整理とともに、個々に対応する英語文の同定作業をすすめる。また英語版“The Pilgrim’s Progress”での代名詞、指示詞、前置詞、接続詞、自他動詞などの英文法項目の粤語版『天路歴程(正・続)』での漢訳の様相を整理・分析する。また日程調整不足のためH29年度に実施できなかったオックスフォード大学図書館、ロンドン大学SOAS図書館での調査を、年度前半に実施し、未見の官話版『天路歴程(正・続)』の入手と、その整理・研究分析を遂行する。 分担者は、H29年度に調査を実施したSOAS図書館以外での、大英図書館、ケンブリッジ大学図書館等において、H29年夏に果たせなかった資料入手に努める。同時に、傅斯年(1896-1950)、許地山(1894-1941)、謝氷心(1900-1999)の文学言語文体についても歐化現象関連資料を調査し、その結果をまとめる。また傅斯年、許地山がイギリス滞在時期に接触・習得した英語・英文学知識の根底を知ることにも勤める。三者の英語・英文学修得過程についての情報は、老舎ほど多くはないが、近年、英文学と中国文学との対照研究が英中国両国間の学会で盛んになりつつあるため、その成果を援用することが可能である。 なおH29年夏より、代表者・分担者に参与者1名を加え呉格非(中国鉱業大学教授)著『1848-1949中英文学関係史』(中国鉱業大学出版社、2010年刊)の日本語翻訳作業を進めている。同書は、本研究の遂行をマクロな視点から支える資料として極めて有効であり、本研究に付随した成果であるが、出版社の同意を獲得して年度末を目標に刊行の予定である。また1名の参与者については、H30年度は研究協力者として翻訳作業に加わっていただく予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
代表者は平成29年度中に、英語版“The Pilgrim’s Progress”の漢訳版『天路歴程(正・続)』の文学言語文体が内包する歐化語法現象研究のため、文言文版、官話版、粤語版の三者対校テキスト作成を当初の計画として建てていたが、官話版入手のための調査を実施することができなかった。その理由は、代表者自身による当初想定の日程調整に不十分な側面があり、問題が顕在化した時点で検討を重ねたにもかかわらず、年度内の実施を最終的に実現することが出来なかった、という個人的事情にもとづく。 H29年度に実施できなかったオックスフォード大学図書館、ロンドン大学SOAS図書館での資料調査を、H30年度9月末迄に実施し、未見の官話版『天路歴程(正・続)』の入手と、その整理・研究分析を遂行する計画である。
|