研究課題/領域番号 |
17K02790
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研究機関 | 日本女子大学 |
研究代表者 |
田辺 和子 日本女子大学, 文学部, 教授 (60188357)
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研究分担者 |
井上 史雄 東京外国語大学, その他部局等, 名誉教授 (40011332)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 話題敬語 / 敬語の簡素化 / 研究デザイン / 混合研究法 / 量的研究 / 質的研究 / 敬語の継承 / フォーカスグループ |
研究実績の概要 |
2017年度の研究成果は、「社会構造変化と敬語の簡素化」の研究課題において、「日本の家庭における話題敬語の継承の分析」をテーマにアンケート調査を行い、その結果を検討したことである。具体的には、日本の親子間で、現在、話題敬語がどの程度使用されているか地域・年齢・社会階層別に調査した。また、本年度は、研究方法についても検討し研究デザインという分野の領域にも関心を拡げた。その試みとして、本研究には、混合研究法(Mixed Methods Research)という分析方法を採用した。この混合研究法とは量的研究方法と質的研究方法とを合わせて並列的に行う研究アプローチである。すでに、看護・教育・心理学の分野では、取り入れられているが、社会言語学の研究では、まだ、ほとんと試みられていない。本研究では、量的研究としては、質問用紙によるアンケート調査、質的研究としては、Focus Group(グループディスカッション)を採用し、分析はグランデッドセオリーに拠った。調査の結果、家庭内では親は自分は敬語を使うが、子供に対して「しつけ」や「常識」といった従来の価値観に基づいて敬語を教えることにはさほど関心を持たない親の姿が考察できた。これには、社会階層・年齢・地域による差があった。年齢的に比較的上で(50~60才)、関西出身の社会階層としても中流上クラスの女性は、敬語使用に配慮がうかがえた。東京都心や東京近郊のベッドタウンに住む核家族においては、自らの敬語使用にさえ配慮しない若い世代の親が増えていることが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
概ね順調に進展している理由は、本研究のリサーチ・クエスチョン「敬語というのは社会構造の反映であり、経済的社会構成、人間関係における価値の変化を如実に反映する」というテーマが実証できたからである。また、方法論の開発という点から、混合研究法による量的と質的の研究の併用において、まず量的分析方法として、多変量解析の一種コレスポンデンス分析によって言語と社会の変化の相関関係を浮き彫りにできた。そして、質的研究方法として、インタビューやフォーカスグループなどによって、人間の内面的な部分と言語意識との関連を把握することができた。老人対象のインタビューでは、その生い立ちや経歴を尋ねることで、その人物の人生の核となっていた「思い」「概念」「価値」などをを引き出すことができることを実感した。そして、老人は、自らの人生を語ることによって、多少の覚醒作用を得ることも実際に経験した。これは、ライフストーリーのナラテイブ行為が認知症予防になる可能性を示唆するものである。 また、「一生のうち一番お世話になった人はどなたですか」という質問において、その答え方に敬意意識が表れるという仮説を立てたが、老人は、「してもらった」という授受表現の使用が敬語使用より好むという仮説が導き出せた。このように、新たに検証すべき課題を本年度の研究から得た。 また、今回のフォーカスグループでは、義理の両親と嫁との緊張関係が、言語使用に如実に反映することが30代母親のフォーカスグループの会話により判明した。これは、個人インタビューでは、引き出すことのできないことである。すなわち他人の発言をきっかけとして、自らの認識作用に刺激を受け、内省をうながし、新しい見解を述べる現象は、コミュニケーションの本質として理解されるものであろう。
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今後の研究の推進方策 |
今後の課題は次の4点である。①2016年度に行った非正規雇用者の大規模言語意識調査の結果を統計学の多変量解析(コレスポンデンス分析)によって分析する。そしてなぜ、正規雇用者とアルバイトが、類似性が高い回答をし、この両者に比べて、非正規雇用者が異なった言語行動をとるのか、その理由を究明する。そして、質・量的調査を並行して行う混合研究法により、非正規雇用者の心理的側面を明らかにし、言語意識・言語行動との繋がりを明らかにしたい。②2017年秋季「日本語学会」で行った発表内容を発展させ、国立国語研究所による歴史コーパス「ひまわり」と「帝国議会会議録コーパス」を使って「行かれる」「来られる」を検索し、さらにコーパス化されていない洒落本などの文学作品や落語も調べ、いつごろからこの両者が「いらっしゃる」と併用されていたか調査する。現在の「いらっしゃる」の使用頻度の減少と定型敬語形「行かれる」「来られる」使用の拡大は、敬語の簡素化を促進するものであるが、定型敬語形の使用の源流は、江戸後期にさかのぼることを立証する。③老人対象のインタビューを進め、自分の一生を振り返り語ることが、意識の活性化を導くことを本格的に調査する。また、「お世話になった人」の問いかけを多くの老人に試みて敬意表現がどのように表されるか調査を続ける。④敬語使用におけるフォーカスグループの調査を拡大し、同一グループを経年的に考察する質的研究を本格的に開始する。これにより、フォーカスグループの高齢化現象をとらえたい。話し合いは、どのように年を取るのか、言語現象的見地からだけでなく談話の進め方や他者の発話とのかかわり方などの言語行動的側面からも高齢化現象を考察したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、本年度に計画した老人対象のインタビューの件数が、予定していた人数より少なかったため、録音テープ起こしに支払うアルバイト料金が計画より少なかったためである。また、計画していた海外学会発表が1件が、都合によりどうしても参加できなくなり、そのための渡航費代が使われなかった事情がある。本年度は、海外発表として、①7月 国際言語学者会議(南アフリカ)②8月 国際日本語教育学会(イタリア)③12月 アジア日本研究学会(インドネシア)にすでに発表が採択されている。経費のうえで、未使用分が出ることはないと思われる。また、インタビュー・フォーカスグループの活動も活発に行っていきたいと考えている。
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