明治十四年(1881)版外務省蔵版「交隣須知」稀覯本とされ、(韓国)釜山市民図書館本の他、日本国内では浜田敦氏所蔵本(零本)、福島邦道氏所蔵本の計3種の存在のみ知られていたが、東京外国語大学図書館には全部で23種(図書記号K/II/234~256)の異本が確認できる。 本年度は、東京外大所蔵本『交隣須知』の記述内容を既存本と比較しながら、19世紀末から20世紀初にわたって起きた言語変遷について調べた。その結果、日本語と朝鮮語の口語における通時的変化、つまり両国語の表記や表現を当時の言語現実に合わせるための修正が施されていることが分かった。 修正は2段階に分かれ、まず東京外大所蔵本の中で共通して現れる内容として、誤字・脱字などの誤植を直すなど印刷上の缺陷を補完する目的の修正がある。これらは、さらに墨書と朱書の二種に分けられるが、生徒に交付される前に施された修正として、教授による校訂のような性格を帯びる。 一方、東京外大所蔵本の23種の異本には鉛筆による書き込みが散見するが、これらは当時の朝鮮語学科在籍生が授業中に記録したメモ書き、つまり生徒各自による修正に該当する。その内容を見ると、古い表現を新しい表現に替えた例の他、敬語度を回復させるための修正などが見られる。 以上の修正は、改訂版に当たる再刊本(1883)と校訂本(1904)からは確認できない記述として、その資料的価値が高い。特に生徒各自による修正内容を分析することによって、口語における言語変化に関して把握可能となる。今後は、同時代に日本・朝鮮国内で刊行された他文献との比較・対照研究を通して、以上の修正内容が当時口語の一般的な様相に該当するか否かについて検討を続ける予定である。
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