今年度は、昨年度の調査により明らかとなった不定詞節における否定辞の分布の歴史的発達について、英語史における不定詞節の構造変化と関連付けて理論的説明を試みた。まず、古英語と初期中英語の不定詞節は前置詞としての不定詞標識toがvPを補部に取る構造を持ち、機能範疇は存在しなかった。この構造において否定辞notは不定詞節全体のPPに付加される構成素否定として機能し、ゆえにnot-to-V語順のみが可能であった。 後期中英語になると、もともと不定詞の名詞的特性を担っていた不定詞形態素が衰退し、toが前置詞から機能範疇Tへと変化し始めるとともに、不定詞間接疑問文など機能範疇Cの出現を示す証拠が見られるようになった。不定詞節が機能範疇を伴う節構造を持つようになった結果、構成素否定であったnotがNegPに生じる文否定の機能を担うようになった。この構造において、NegPがCPとTPの間に投射されることによりnot-to-V語順、TPとvPの間に投射されることによりto-not-V語順が派生される。それに加えて、toがCに併合されることが可能であったため、TPとvPの間に投射されるNegPを越えて動詞が空いているTに移動することによりto-V-not語順が派生される。 その後初期近代英語になると、不定詞節の補文標識としてforがCに併合されるようになったため、toがCに併合される選択肢は消失した。また、定形節における動詞移動の衰退が不定詞節にも影響を及ぼし、Tへの動詞移動が消失した。これらの変化によりto-V-not語順が消失した結果、現代英語と同様に、not-to-V語順とto-not-V語順のみが許されるようになった。
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