研究課題/領域番号 |
17K02988
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
武田 珂代子 立教大学, 異文化コミュニケーション学部, 教授 (60625804)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 戦時通訳者 / BC級戦犯裁判 / 戦犯裁判の被告人 / 戦犯裁判の証人 / 対日諜報活動 / 日本語言語官の養成 / 太平洋戦争 / 通訳者の可視性 |
研究実績の概要 |
1.太平洋戦争中の英国における日本語言語官の動員、養成、活動に関する調査:ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)、ケンブリッジ大学、英国公文書館で英軍による戦中日本語学校設置の背景、訓練の内容、卒業生による諜報活動に関する資料を収集し、前年度までに行った米軍、豪軍、カナダ軍に関する同様の調査に照らした比較検討を行った。特に、ケンブリッジ大学チャーチルカレッジで戦中日本語学校校長の日記や報告書を入手するとともに、同校卒業生の一人にインタビューできたことで、訓練生の動員方法や背景について詳細な検討ができた。 2.英軍戦犯裁判の事例の整理と分析:英軍による対日戦犯裁判において被告人または証人となった戦時通訳者、さらに裁判時の法廷通訳者に関する情報のリストを作成し、罪状の具体的な内容を中心に分析を進めた。 3.「通訳行為と戦争犯罪」に関する検討:研究休暇で滞在中のケンブリッジ大学や参加した学会などで、国際法、社会人類学などの専門家と「拷問の通訳は戦争犯罪か」といった戦時通訳者の法的責任と倫理に関する課題の討議を進めた。 4.戦争とキリスト者に関する検討:フーヴァー研究所で、1944年からスタンフォード大学が運営した日本占領行政官の養成プログラムに関する資料を収集し、日本から引揚げた宣教師の同プログラムへの関与について検討した。 5.成果発信と研究協力者との討議:米国、英国、オーストラリア、カナダにおける戦中の日本語言語官養成に関する著書、また、戦争・暴力状況における通訳者に関する著書(共著)を刊行した。また、ドイツ、米国、英国、カナダで本研究に関連するトピックについて招待講演・発表を行った。さらに、英国での学会で戦争の記憶と翻訳などに関する研究発表を行った。研究協力者とは、立教大学、ケンブリッジ大学、SOAS、フーヴァー研究所、また各地での学会で、さらにオンラインで討議を重ねた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.計画の達成度 最終年(31年度)での総括につなげるために、30年度は以下の項目に焦点を当てた研究活動に取り組む計画だった。①戦中の英軍による日本語言語官養成に関する調査、②英軍戦犯裁判で通訳者が被告人となった事例の整理と分析、③「通訳行為と戦争犯罪」の検討、④前述①②③の研究活動に関する研究協力者との討議および成果の発信。①は当初の計画以上に、また、②と④は計画通りに進展したが、③は検討の焦点がまだ明確化していない。 全体としては「おおむね順調に進展」と判断する。 2.特に成果があがった点 米軍・英軍・豪軍・カナダ軍による戦中の日本語言語官養成に関する著書を刊行した。さらに、ケンブリッジ大学で、英国の戦中日本語学校に関する貴重な資料を入手し、同プログラムの卒業生にインタビューできたことで、さらに詳細な分析ができた。また、フーヴァー研究所で、スタンフォード大学運営の日本占領行政官養成プログラムの資料を入手し、キリスト者の関与を発見できたことは収穫だった。世界各地で本研究に関する講演や研究発表を行い、多様な分野の専門家から得たフィードバックは、今後の研究における優先事項の見極めに役立った。研究協力者のKushner氏とはケンブリッジ大学で本研究全般に関する討議を頻繁に行った。Lan氏とは立教大学で、またオンラインで主に戦犯となった台湾人通訳者に関して討議した。Totani氏とTrefalt氏とはニュルンベルクでの学会で東京裁判とBC級裁判全般に関して討議を行い、Cheah氏とはオンラインで英国戦犯裁判の法的側面に関して討議した。 3.やや遅れている点 ③については、現在の国際法、通訳者の倫理、暴力の社会人類学的分析など複数の視点から検討が可能である。多様な分野の専門家と討議を重ねているが、本研究における議論の焦点がまだ定まっておらず、最終年度ではこの検討を加速させる必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
BC級戦犯裁判の事例に基づき、「戦争と言語」という主題について包括的な考察を行うという本研究の目的達成に向け、29・30年度の成果と課題をもとに、最終年度では以下の項目に焦点を当てた研究活動に取り組み、総括を行う。 1.英軍戦犯裁判で通訳者が被告人となった事例の分析:これまでに作成した当該英軍裁判のリストを基に、被告人の罪状および裁判中の検察側・被告側証言を詳細に分析する。特に、通訳者の役割に関する検察側証人の認識、被告人による抗弁に焦点を当て、通訳者の可視性、近接性、主体と代理行為性の視点から考察を進める。また、被告人または証人となった戦時通訳者、および裁判で働いた法廷通訳者の社会的・教育的背景の分析を行うことで、当時の政治的・社会的コンテクストに照らしたマクロ的な検討を加える。さらに、ナチスの戦犯裁判で有罪判決を受けた戦時通訳者の数や罪状との比較を行うことで、対日戦犯裁判における通訳者の扱いの特徴を考察する。 2.「通訳行為と戦争犯罪」に関する検討:国際法、社会人類学、歴史学の専門家との討議を続け、「拷問を通訳することは戦争犯罪か」といった戦時通訳者の責任問題と倫理に関する課題について、現代の国際刑事裁判での事例に留意しながら、検討を続ける。 3.研究協力者との討議と学会などでの研究発表:立教大学、ケンブリッジ大学、また学会において、さらにオンラインで研究協力者と本研究に関する討議を重ねていく。また、ドイツ・マールブルク大学の戦犯裁判研究所で、ナチスの戦犯裁判と対日戦犯裁判の違いなどに関する討議を行う。4月にアイルランドで本研究に関する招聘講演を行うほか、オランダ、南アフリカ、米国での国際学会で本研究の成果を発表する。 4. 本研究に関する論文および著書の刊行:戦争の記憶と翻訳に関する論文を国際誌に投稿するほか、本研究を総括する著書の刊行に向け、原稿執筆の完成を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
3月のカナダ出張に関する費用の精算が事務手続き上の理由で30年度中に処理できなかったため、65,403円が次年度に繰り越されることになった。この金額は次年度で上記出張費の精算および新たな出張費に使用する。 全体としては、6月にドイツ・マールブルク大学で行う研究、また7月のオランダで開催される学会、9月に南アフリカで開催される学会、および翌年3月に米国で開催される学会での研究発表などに伴う旅費や参加費でかなりの額を使用する。 また、本研究に必要な資料の収集と整理のために、大学院生をリサーチアシスタントとして雇用するための人件費が発生する。さらに、書籍などの物品費も発生する予定である。
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備考 |
東京新聞の依頼で執筆した『戦争と図書館』(小山謄著)の書評が2019年2月10日に掲載された。
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