最終年度は、研究対象地域として、これまでの阿波国撫養のほかに備後国尾道を加え、尾道商人と北前船商人の取引の特徴について調査を実施した。具体的には、富山県射水市射水博物館に所蔵されている北前船商人関係資料(汐海家文書)の調査を実施し、また、石川県金沢市の玉川図書館近世史料館に所蔵されている北前船商人関係資料(加賀国橋立大家家文書)について聞き取り調査を行った。大家家文書については、文書目録が未整理であったため、後日の閲覧となった。そこで、先行研究者による大家家の調査や射水市の汐海家文書の調査を参考にしながら、事前に調査を行っていた石川県輪島市の北前船商人資料(角海家文書)について研究をすすめ、その一部は『新尾道市史 資料編 近世』(2022年11月、尾道市)に掲載された。 当該研究の目的は、主に、19世紀の瀬戸内地域と日本海地域の経済的・文化的交流を明らかにすることであった。まず、阿波国撫養山西家の廻船経営を通して、徳島藩の専売品であった阿波藍・斎田塩・白砂糖の生産状況と、江戸・大坂への移出状況から、「蔵物」をキーワードとして、幕末期における全国市場との関係を論じた。続けて、それらの再生産のために北前船商人がもたらした北海道産鯡魚肥の阿波国への移入・販売(需要状況)を通して、「納屋物」をキーワードとして、阿波国商人と地域市場との関係について明らかにした。さらに、これらの商品流通が、江戸・大坂の両替商や阿波国の藍商・肥料商の金融機能と密接に関わりながら展開していたことを実証的に明示した。そして、幕末・明治期における商人の特徴の一つとして、取引先相互で「返礼」としての奉納互酬関係にあったことも明らかにした。研究期間全体を通した成果は、単著『幕末・明治期の廻船経営と地域市場-阿波国撫養山西家の経営と地域』(清文堂出版、2021年、638頁)として結実している。
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